2010.11.07.
第2回『究極のゴールの話』
夜中、ふと目覚めてトイレに立つ時『ああ、この世に自分のトイレなんてものは存在してないんだなあ…』としみじみ思う。と同時に、底知れぬ不安がおそってくる。
僕はずっとヒモのような生活をしてきた。音楽はほとんど金にならず、かといってまともに働きもせず。今、住んでいるとこも妻のものだ。この先いったいどーなるんだろう。年金も払ってないし、もうとりかえしがつかない。あ〜あ…。
しかし、人からは、男として究極のゴールを達成しているともいわれる。たいして働かず女に食わしてもらい、自分のことばかりして遊んでいるからだそうな。ホモルーデンスでんす。
なるほど、いわれてみれば確かにそうだ。音楽はダメでも究極のゴールは達成しているのかも…。オッケー!じゃあ、こんな感じでいくか〜。と酒のんでヘラヘラしていると夜中に底知れぬ不安。そのまま自分もトイレに流され、深い深い闇へ落ちて行く。
僕は今まで何をやってきたんだろう。金にならない音楽を作りつづけ、女に甘え、悪態をつき、グチり、それでも自分のスタイルは変えず、結構、いい曲作ってるじゃないかと開き直り、酒に逃げる日々…ああ、進歩のない自意識とバランスのない完成。
思えば20代の頃からそうだった。一緒に暮らしていた彼女に苦労ばかりかけていた。酒場で自分の音楽感や夢を熱っぽく語るはいいが、呑みすぎて泥酔。翌日、目をさますともう昼すぎ。彼女はとっくに仕事へ出かけている。偉そうなこといいながら、完全になまけてるヒモ野郎。
二日酔いと自己嫌悪で気分は最悪。『ごめんなさい、明日からもっとがんばります!』…と寝ていると、玄関の外から『ソシャッ、ソシャッ』と音がする。
アパートのふた部屋となりのおばあさんが、毎日外廊下を掃いているのだ。掃きながらこちらへ近づいてくる。『ソシャッ、ソシャッ…。』僕は罪悪感にさいなまれ、毛布をかぶり耳をふさぐ。しかし、その音はさまざまなノイズを越え、すぐ耳もとで鳴るのだった。
やがて『ソシャッ、ソシャッ』が『お前はなにをやっているんだ?』という声に聞こえてくる。『お前はなにをやっているんだ?、なにを…、なにを…』。ぎゃ〜っ!!ご、ごめんなさい、明日からもっとがんばります!…じゃなくて、たった今からでした!
たまらず、外へ飛び出る。
はあ、怖かった。まったく俺ってやつはどーしょーもないよ。で、とにかく、どーしよう?とりあえず地道な仕事を見つけて…と歩いていると行きつけのマンガ喫茶(ネットカフェではなく)がある。とにかくいったん落ち着こう。こういうことは無計画ではいけない。じっくりと現実を見据えてから作戦を練らなければ。
カランコロン〜♪とドアを開け、ホットミルクを注文。適当にマンガを一冊とり、読み出す。すぐに引き込まれマンガの世界へと入っていく。わ、おもしろい。な、なんだこれは?スゲー話。え?、うわ〜あああ。
適当に手にとったのはつげ義春・著『別離』。売れないヒモの漫画家が、恋人に浮気され、発作的に自殺未遂をはかるといった内容。
偶然にしても出来すぎている。ああ鶴亀鶴亀。一刻も早くここから逃げなくては。しかし、体中の力は抜け落ち、貧血も手伝って、そのままイスから立ち上がることが出来なくなってしまった。
生まれて初めての過呼吸であった。どこまでも甘えたゴール達成の男。…それから20数年、まだ強情に音楽を作りつづけています。
末筆失礼 |