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高円寺 ショウボート 
高円寺 ショウボート 
高円寺 ショウボート 
高円寺 ショウボート 
高円寺 ショウボート 
高円寺 ショウボート 
高円寺 ショウボート 
高円寺 ショウボート 
高円寺 ショウボート 
高円寺 ショウボート 
高円寺 ショウボート 
高円寺 ショウボート 
高円寺 ショウボート 
高円寺 ショウボート 
高円寺 ショウボート


 

2011.12.23
『高円寺 ショウボート』

毎年恒例、年末イベント「ギンガギンガ」vol.6。

出演/ペリカンオーバードライブ、しゅう&トレモローズ、オグラ&ジュンマキ堂バンド

満員御礼。

今年もオープニングはしゅう+マスオカ+オグラのボーカル三人衆カバーバンドでスタート。今回のテーマは『ああ恥かしや、本気で好きだった女性アイドル歌手の曲』に決定。選曲は三人とも悩みに悩んだ。

誰だこんなテーマにした奴は?! われら三人だ…。

いつも酔っぱらって打ち合わせしているので、なんであんなテーマになちゃっただか?という疑問と後悔が残る。

僕はあんまり、女性アイドルにお熱をあげたことがない。しいてあげるなら、木ノ葉のこが好きだった。コミカルなバラエティ女優が好きだなんて、わざとハズしているイヤな坊主っくりだ。

しかし、バラエティ番組で元気に走り回る彼女を見るたびにキュンとなっていたのは事実。アイスのスプーンで『木ノ葉のこFC』なんて書いたバッヂを作りひとりで喜んでいた。彼女は『サーカス』というレコードも出している。

ということはこの曲をやらしてもらおーか?しかし『サーカス』は哀愁漂うワルツで歌詞も悪くない。僕がやるとハマってしまうというか、これでは全然恥ずかしくないのだ。

という事で、誰もが知っているあの曲にしたという訳。最後の最後に肝心のタイトル部分の歌詞を言い忘れるという失態もおかしたが、ギリギリセーフ。…アウトか。まあ、充分恥ずかしかったからお許し願いたい。

本編はオグラ&ジュンマキ堂バンドで出演。メンバーはジュンちゃん(チンドン)、マキちゃん(ゴロス)、原めぐみ(キーボード)、そして特別出演、800ランプ歴代最後のベーシスト、晃くん。

今年一年、ジュンマキ堂には大変お世話になった。来年出る3rdアルバムにも何曲か参加してもらっている。ホントにgoodなリズム隊。

新曲『美しき町内』をおろした。この曲は朋友、河田拓也君のブログに共感して生まれた。原発やデモに対する彼の思いと同時に「大衆ではなく、庶民として生きたい」という一文が強烈に胸へせまってきた。この文の言い回しを変え、サビに使わせてもらった。それをこころよく許してくれた河田に感謝。『美しき町内』は新譜にも入る予定です。

僕たちはトリだったので、そのまま最後のセッションへ突入。「星に願いを(オグラ訳詞バージョン)」

クリスマスにぴったりな素晴らしいメロディーラインの曲だけど、ただきれいにやったのではつまらない。

ワンコーラス終ったあと『女神の説法』というセリフ部分をつくった。曲中、天から聴こえてくる女神の声。

こういう試みは非常に危険で暑苦しさをあたえてしまう恐れもあるけど、みんなが元気で明るい世界なんて絵空事だ。大衆音楽はなぜいつも単純できれいな事しかいわないのか?

今、この現在「夢はかなう」「願えば 必ずかなう」などといった無責任な歌が本当に必要なのか?

「ドリームズカムトゥルー」「成功する」なんていう言葉のかげにかくされた「自分第一主義」

だれもかれもが自分のことばかり考えすぎているエゴイスティックな現代社会

「自分を優先させない」という思いやりを持ったほうがいいのではないか?

そんな思いを『女神の説法』に込めた。女神の声は、ポエトリーアーティストpipooさんにお願いした。彼女の声はまっすぐで、クールさも備えているのでぴったり。
なんとなく説教くさいセリフではあったが、pipooさんの声で中和されたんじゃないかと思う。

「まったく自分のことばっか大事にしやがって、とんでもねえーぜ…」

「みんなもっと人のこと考えてるよ、あんたが一番エゴイストじゃん」

「しまった! そーだった…」

妻の正論をききながら、楽しく酔っぱらったのでした。

ショウボート台信さん、スタッフのみなさん、PA照明スタッフのみなさん、pipooさん、荒井さん、ななちゃん
そして、来てくれたすべてのお客さん、以上の方ひとりひとりに深い感謝とエゴイスティックな握手を送ります。

 

 







京都 どん底ハウス 
京都 どん底ハウス 
京都 どん底ハウス 
京都 どん底ハウス 
京都 どん底ハウス





 

2011.12.4
『京都 どん底ハウス』

9月に来たばかりのどん底。今回は須山公美子さんとのツーマン。

今日の須山さんは完全オリジナルばかり。競馬の歌をたくさん作っているが、中でもプリキュアの馬の歌が秀逸。競馬がわからなくてもグッときます。

昨日のブレヒトソングは僕が「マック・ザ・ナイフ」須山さんが「アラバマソング」だったので、今日のアンコールではそれを入れ替えた。♪もう一軒いこうぜ、どん底ウィスキーバー〜♪

最後は須山さんと抱擁し、僕はお得意の「重婚しよう!」でせまったのでした。

ああ、これで今年のツアーはすべて終了。いろんな所へ行ったけど、まだまだ、回数もお客も少ないなあ。ある時、親戚の子供に「なんで、そんなにツアー行きたいん?」って聞かれた。

「そんなの決まってるじゃないか、見つけたいだよ。」

「なにを?」

「次の迷路を…ハハハ、どーだ、カッコいいだろ」

「次の迷路ってなに?」

「わかりやすくゆーとねえ、つまり僕は旅に出ないと何も感じなくなってしまうんじゃないか?という恐怖にとりつかれている。だから、ツアーへ出かける。すると自分の音楽が届かなかったりする。僕はへこみ、酒を呑んで考える。どうしてわかってもらえないんだ?こんなに魂を込めているのに…しかし僕はこの音楽を決して変えたりしない。だけど、変えないまま自分を脱ぎ捨てたいとも思っている。つまり僕は、傷つくためにツアーへ出かけるのさ…ハハハ、どーだ、カッコいいだろ」

「よくわかんない」

「ハハハハ、無理もないよ、まだ小学生なんだから。ささ、鉄棒でもやりに行こう」


『どん底ハウス』いけのさん、白波瀬さん、須山公美子さん『土肥CRAZY SPOT 31』鍵山さん、城さん、スタッフの皆さん、中村敦さん、櫻井さん、長谷さん、KATSUMIAさん、『御殿場リンコロ』小澤さん、ママさん、AkashiRecrds『伊東 天使の遊viva』毛利さん、アキラさん、とみさん『難波Mele』向濱さん、スタッフのみなさん、ミステルズ、patagonian orchestra、Tropican'S、spyboys、ワッキートラボルタ『コモンカフェ』きっしゃん、なかわざさん、スタッフのみなさん、豊中のおじちゃん、おばちゃん『京都メリーゴーランド』junちゃん、扉野さん、ひとしさん、しょうこさん、スタッフさん『松江AZTiC canova』三瓶さん、東井さん、みかん飯さん、SUEKICHI、もこちゃん&子供ら、カンディーさん一家、松江城、モリヤマさん御一行『米子病院』中本さん、職員ボランティアの皆さん、患者さん、ネギ&ラックさん、『倉吉La Queue』美樹さん、お母さん、いそえさん、敬子ちゃん、圭子ちゃん『岡山MO:GLA』サンちゃん、ヨシキさん、スタッフの皆さん、☆NORi☆さん、松下トオルさん、強さん&美香さん、あきひろさん『ノライヌカフェ』まりこちゃん、コバヤン、キッサン、ツリー『ヲルガン座』イズミちゃん、スタッフの皆さん、鈴木一家、『オルガンズメロディー』英三さん、奥さん、弱者連合、篠やん『博堂村』大塚さん、真弓子ちゃん、貴嶋さん、甲斐さん、、MIDORIさん、ヒカリさん、丸井康介さん『JIROKICHI』スタッフの皆さん、ココロー&ヘルニアンズ、本名カズトBAND、いたさん、清水夫妻『甲府ハーパーズ・ミル』坂田さん、岩崎けんいちさん、よよよいさん『松本Just』上条さん、樋口さん、遠藤さん、ましゅまろままさん、トーメさん、FUKUさん『GNU』スタッフのみなさん、三鷹、豊田、立川駅の係員さん『稲生座』エミさん、レイチェルさん、佐藤さん、愛染恭介くんとメンバーの皆さん『かるた』津山さん、朋子さん、大西さん、マリちゃん、島ちゃん、山下さん、小林さん、ボランティアのみなさん、大街道のみなさん『なんや』ぷよさん、G子さん、寺さん、かりこさん、ちかこさん、ヒロコロさん『拾得』テリーさん、フーさん、スタッフのみなさん、コバヤン、東くん、つれづれ、ペリカンオーバードライブ、CRACKS & RABBITS、マキハラヤヨイさん『あいおい文庫』砂金さん、スタッフのみなさん『ちめんかのや』店長さん、スタッフのみなさん、Pippoさん、カヒロくん『小田原城ミュージックストリート』飯山さん、PAさんたち、スタッフのみなさん『ブルームーンカフェ』加藤さん、店長さん、フタッフのみなさん、よこぴーさん、安達さん、佐藤さん『BARFLY』全スタッフのみなさん『ダーウィン』店長さん、フタッフのみなさん、桑折さん、ななちゃん『アコバトル』スタッフの皆さん『清水ark』、店長さん、スタッフの皆さん、イマヤンさん、Shin-chang、風林さん、藤波、谷口、公美ちゃん、美和ちゃん、光っちゃん、かよちゃん、エンジンくん一家、ななちゃん『サラヴァ東京』オーナーさん、店長さん、ソワレさん、スタッフの皆さん、ちんどんブラス金魚、半バナナ、アトリエ原始人さん、『宝塚シャンソン化計画』スタッフの皆さん『宝塚文化創造館』スタッフの皆さん、海江田文さん、シモーヌ深雪さん、吉田幸生 さん、今村仁美さん、AKIさん、荒井さん

そして、来てくれたすべてのお客さん、以上の方ひとりひとりに深い感謝と熱い握手を送ります。旅に出るとみんなの温かさが背骨に染み入ります。お世話になりました、ありがとう!これからもよろしく!

 

 







宝塚文化創造館(宝塚音楽学校旧校舎) 
宝塚文化創造館(宝塚音楽学校旧校舎) 
宝塚文化創造館(宝塚音楽学校旧校舎) 
宝塚文化創造館(宝塚音楽学校旧校舎) 
宝塚文化創造館(宝塚音楽学校旧校舎) 
宝塚文化創造館(宝塚音楽学校旧校舎) 
宝塚文化創造館(宝塚音楽学校旧校舎) 
宝塚文化創造館(宝塚音楽学校旧校舎) 
宝塚文化創造館(宝塚音楽学校旧校舎) 
宝塚文化創造館(宝塚音楽学校旧校舎) 
宝塚文化創造館(宝塚音楽学校旧校舎) 
宝塚文化創造館(宝塚音楽学校旧校舎)


 

2011.12.3
『宝塚文化創造館(宝塚音楽学校旧校舎)』

早朝7時宝塚駅到着。

大都会を想像していたが、品のいい郊外という感じの町。まだ早いのでぶらぶらしていたらオスカル&アンドレ像に遭遇、さすが宝塚。

僕の家の近所には貸し本屋があり、普段からよくマンガを読む。一時期、池田理代子先生、一条ゆかり先生の初期短編、里中満智子先生の戦記モノなんかにどっぷりつかったことがある。

古い少女マンガの主人公たちは喜び方も悲しみ方も、実に深くて大げさだ。気恥ずかしくなるほど傷つきやすいけど、なりふりかまわない生命力と優しさにあふれている。♪目玉に星をバラまいて、I LOVE 夢見る夢子ちゃん〜♪

マンガを読みながら怠けてるのが至福の時間。先日も『舞姫 テレプシコーラ第二部/山岸凉子』を読み返して号泣、ひとりでスタンディングオベーション。バレエの事は全然わからないけど、ものをつくり出そうとする人間の心理に大感動。やはり山岸先生は別格だ。

おっと脱線、今回は〜シャンソン未来派音楽会〜というイベント。

出演は
シモーヌ深雪、オグラ、ドラゴン・エミリータ(須山公美子、海江田文)
[ピアノ伴奏]吉田幸生 [映像製作]今村仁美。

と、怪しく妖艶な顔ぶれ。

事前に須山さんから「ブレヒトソング」を一曲ずつやろう。といわれていた。

僕が「三文オペラ」マッキーメッサーのキャラとかぶるというので、有名な「マック・ザ・ナイフ」をやることにした。独語仏語英語はもちろん歌えないってことで、勝手に訳してみた。ピアニスト吉田さんの伴奏で歌ったら、なかなかの好評。本編もズカっとこなし、CDも売れ「オグラBOX」は残り2セットとなった。

須山さんは海江田文さんとともにロリータに化け、ゲンズブールや古いシャンソンを歌った。なにもそこまで、という程徹底したサービス精神。勉強になりました!ブレヒトソングはドアーズのカバーで有名な「アラバマソング」。「レモン・インセスト」の須山さんの訳詞が見事だった。

シモーヌ深雪さんは関西を代表するシャンソン歌手&ドラッグクイーン。楽屋で日本におけるドラッグクイーンの歴史などを詳しく教えてもらった。

それにしても、今回は皆さん美しすぎて、僕は一番地味でした。


宝塚シャンソン化計画スタッフの皆さん、宝塚文化創造館スタッフの皆さん、須山公美子さん、海江田文さん、シモーヌ深雪さん、吉田幸生 さん、今村仁美さん、荒井さん、そして、来てくれたすべてのお客さん、

以上の方ひとりひとりに深い感謝と妖艶な握手を送ります。

 







渋谷 サラヴァ東京 
渋谷 サラヴァ東京 
渋谷 サラヴァ東京 
渋谷 サラヴァ東京 
渋谷 サラヴァ東京 
渋谷 サラヴァ東京 
渋谷 サラヴァ東京 
渋谷 サラヴァ東京


 

2011.11.27
『渋谷 サラヴァ東京』

久しぶりの東京。今宵は初めて出る店、サラヴァ東京。噂にはきいていたが乙でお洒落なお店。

出演は

オグラ&ジュンマキ堂、ちんどんブラス金魚、半バナナ(fromミックスハウスナッツ)

に加え

雑貨屋「アトリエ原始人」「ハチマクラ」も出店して、いつものライブとはひと味違う雰囲気。

切れ味の良いヤジも飛び、会場は終始なごやかムード。アンコールでは出演者みんなに出てもらい『ゆっくりサンシャイン』。途中メンバー紹介ソロが長くなってしまい、2番を歌い忘れた。ソワレさんも呼び込んでサビを歌ってもらった。なにも打ち合わせしてないのにキレイにハモってくれた。

終った後、サラヴァのご好意で、おいしい赤ワインを頂いた。半バナナの林くんと地元へ戻り、安酒場でさらに呑み明かした。悪いことが何も起こらない良い一日でした。いいライブの時は書く事が少なくなっちゃうだよ。

サラヴァ東京、オーナーさん、店長さん、ソワレさん、スタッフの皆さん、ちんどんブラス金魚、半バナナ、アトリエ原始人さん、ななちゃん、荒井さん、そして、来てくれたすべてのお客さん、

以上の方ひとりひとりに深い感謝とジェントルな握手を送ります。

 







清水ark「ACOBATTLE☆SPECIAL「乱・乱・乱」 
清水ark「ACOBATTLE☆SPECIAL「乱・乱・乱」 
清水ark「ACOBATTLE☆SPECIAL「乱・乱・乱」 
清水ark「ACOBATTLE☆SPECIAL「乱・乱・乱」 
清水ark「ACOBATTLE☆SPECIAL「乱・乱・乱」 
清水ark「ACOBATTLE☆SPECIAL「乱・乱・乱」 
清水ark「ACOBATTLE☆SPECIAL「乱・乱・乱」 
清水ark「ACOBATTLE☆SPECIAL「乱・乱・乱」 
清水ark「ACOBATTLE☆SPECIAL「乱・乱・乱」 
清水ark「ACOBATTLE☆SPECIAL「乱・乱・乱」 
清水ark「ACOBATTLE☆SPECIAL「乱・乱・乱」 
清水ark「ACOBATTLE☆SPECIAL「乱・乱・乱」 
清水ark「ACOBATTLE☆SPECIAL「乱・乱・乱」 



 

2011.11.23
『清水ark「ACOBATTLE☆SPECIAL「乱・乱・乱」』

湘南新宿ラインと東海道線を乗りつぎ、清水へ向かう。

「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」という室生犀星の詩があるけど、僕の生まれ故郷は距離的にバカ近い。

在来線であっという間にふるさと到着。

バカ近いと思ってはいたものの、駅前は激変していた。高校のころバイトしていた森永レストランは丸井ごとなくなっていて、桃園レストランもない、やすい軒レストランはあるが、反対側にもう一軒あったはずのなんとかレストラン、それもビルごと変わっている。

なんてことじゃ、レストラントは今いずこ?すみやもない、戸田書店もない、母校もない。僕が都で落ちぶれてるすきに、ふるさと「ツナCity」はきれいに様変わりしていた。

真っ白になった髪とヒゲをたくわえて、ヨボヨボ会場入り。

毎度お世話になっているAKIさんのイベント、ACOBATTLE☆SPECIAL「乱・乱・乱」へ出演。総勢29組のフェスティバル。


AKIさんに挨拶しようと楽屋へ入ると「舞台から落ちて、今病院です!」とつげられビックリ。暗転した舞台からはけようとして落ち、脇腹を角に強打してしまったという。

…だ、大丈夫かな?と荷をほどきあれこれしていたら、いつのまにかAKIさんは受付に座っていた。痛々しい固定帯をお腹に巻き「肋骨3本折れた…」と笑っている。毎度毎度お世話になっている上、骨まで折ってもらい、ホント申し訳ないス。

各地からいろんな人が来ていて、挨拶をかわすうちに、ここがどこだかわかんなくなってしまう。AKIさんネットワークの広さに驚く。トーメさん、FUKUさん、ましゅまろままさん、岩崎けんいちさん、等々、各地で対バンしたアーティストも多数出演。

僕は最後から二番目。しかし、今回の出来はあまり良くなかった。時間を多くもらっていたので、昨日作ったばかりの新曲を入れてみようか?とか、ケータイ写真詩やろうかどうしようか?とメニューに迷いすぎて、ライブ運びが今イチだった。せっかくの時間をターヘーに使ってしまった…まったく何やってんだ。

そして、大トリ、竹原ピストル登場。

竹原さんとは数年前、友部さんの朗読ライブで会ったことがある。深く喋ったことはないけど、会うとなぜが照れくさくなってしまうような人だ。でも、当人は気さくないいお兄ちゃん。

彼の歌を聞くと、もの凄く励まされる。ホントにいい曲を作る才人だ。

「よ〜し、俺もがんばるぜ〜!」わーっと表へ駆け出して…あれ、でもどこ行きゃいいんだ?…ばっきゃーろう、いい年こいて迷うんじゃねぇ。行く場所はたったひとつ『次の迷路』だ。


翌日、清水をちょこっと散策。アーケード街を抜け、巴川を見にいった。

幼稚園のころ、おばあちゃんと伯母さんと三人でよくここを歩いた。ある日、いつも出しっ放しになっているひとんちのピコピコハンマーがしゃくにさわり、僕はそれを川へ投げ捨ててしまった。

驚いたおばあちゃんが「なにやってるだねっ!」と拾いにいこうとしたが、当然そんな間もなくピコピコハンマーは流れて行く。

伯母さんが「逃げよう…」というので僕たちは三人で走った。着物のおばあちゃんも草履をパタパタさせて一目散。橋を渡り、ここまでくればもう安心という所で、おばあちゃんが「なんであんな事しただねっ!?」と怖い顔をしたが、伯母さんが笑いだしたので、おばあちゃんも僕もつられてクスクス笑ったのだった。

ああ、こじんまりした昭和の町内事件。

ふるさとは遠きにありて思ふもの そして流れ行く思い出と真っ赤なピコピコハンマー…。


AKIさん、アコバトルスタッフの皆さん、清水ark、店長さん、スタッフの皆さん、イマヤンさん、Shin-chang、藤波、谷口、公美ちゃん、美和ちゃん、光っちゃん、かよちゃん、エンジンくん一家、ななちゃん、荒井さん、そして、来てくれたすべてのお客さん、

以上の方ひとりひとりに深い感謝とピコピコ握手を送ります。加えてAKIさんにはカルシウムな握手を




仙台 darwin「ハートビート・ジャム」3.1 
仙台 darwin「ハートビート・ジャム」3.1 
仙台 darwin「ハートビート・ジャム」3.1 
仙台 darwin「ハートビート・ジャム」3.1 
仙台 darwin「ハートビート・ジャム」3.1 
仙台 darwin「ハートビート・ジャム」3.1


 

2011.11.17
『仙台 darwin「ハートビート・ジャム」3.11』

朝7時起床。玄米にぎりメシをこさえ、北へ向かう。仙台での東日本大震災復興チャリティライブに出演。

車窓をたくさんの柿の木が流れてゆく。野なかにあって奇抜な色あい。オレンジ色の電飾がピカピカしてる。実にユニークな景色。


仙台駅に着くとカメラマン荒井さんが待っていた。到着時間など特に知らせてないのに、いつも絶妙なタイミングであらわれる。たぶん僕の耳のうしろにはGPSチップが埋め込まれているんだろう。チップを拡大鏡でのぞくと『あらい』って書いてあるはずだ。二人で、会場入りするとすでにマモルさんが音チェックをしていた。


出演は

三宅伸治withネイバーズ、LAUGHIN'NOSE、MAMORU&The DAVIES、The GHOST SYNDICATE、What's Love?、制服向上委員会、SAFARI、[Guest DJ]ASANO TADANOBU(浅野忠信)DJ Shuji Takuro 130 Adachi☆チャリンコチーム G.C.R☆

とぎやかな顔並び。

LAUGHIN'NOSEはリハーサルから拍手が巻き起こっていた。主催した人たちの熱い気持ちが伝わってくる。

アイドルグループ、制服向上委員会のフレッシュなステージの後、46歳のお兄ぃさん頑張りました。

打ち上げも豪華なメンバーで盛大だった。『ちび豆太郎』の売上げ(5/7から今までの分)を主催の安達さんに渡そうとしたが「それはオグラさんからどこかへ渡してあげて下さい」と言われた。なるほど、じゃあ翌朝自分で寄付しようと、近くの受け付け場所を教えてもらった。

いい気分で酔っぱらい、挨拶をして店をでたのが4時か5時…。ベロベロで予約した宿がわからなくなり、もうめんどくせえってんで始発で帰ってしまった。結局『ちび豆』のお金も持ったまま。まったくユニークなおじさんだぜ。よし、また行こう、仙台へ!

安達さん、佐藤さん、BARFLY全スタッフのみなさん、ダーウィン店長さん、フタッフのみなさん、桑折さん、ななちゃん、荒井さん、そして、来てくれたすべてのお客さん、

以上のかたひとりひとりに深い感謝とベロベロな握手を送ります。




小田原城ミュージックストリート&沼津ブルームーンカフェ 
小田原城ミュージックストリート&沼津ブルームーンカフェ 
小田原城ミュージックストリート&沼津ブルームーンカフェ 
小田原城ミュージックストリート&沼津ブルームーンカフェ 
小田原城ミュージックストリート&沼津ブルームーンカフェ  
小田原城ミュージックストリート&沼津ブルームーンカフェ 
小田原城ミュージックストリート&沼津ブルームーンカフェ 
小田原城ミュージックストリート&沼津ブルームーンカフェ 
小田原城ミュージックストリート&沼津ブルームーンカフェ 
小田原城ミュージックストリート&沼津ブルームーンカフェ 
小田原城ミュージックストリート&沼津ブルームーンカフェ 
小田原城ミュージックストリート&沼津ブルームーンカフェ 
小田原城ミュージックストリート&沼津ブルームーンカフェ



 

2011.10.16
『オグラ&ジュンマキ堂3ステージ公演。小田原城ミュージックストリート&沼津ブルームーンカフェ』

年をとると物の名前がでてこない。なんて話をよく聞きますな。

出がけにあれを忘れて家へ引き返す。ジュンマキ堂とカメラマン荒井さんと朝8時に新宿へ集合。なのに家を出たのが7時50分。完全に遅刻。

早足で駅まで歩き、急いで電車に乗る。なんであれを忘れちゃったんだろうな?…あれの名前なんだっけ?

新宿のホームにはもうみんなそろっていた。

「ゴメン、あれ忘れちゃって」

「あれってなに?」

「ギターを肩にかける時のあれ…」

「ストラップ?」

「あーそーそー、ストラップ、ストラップ」

ストラップという言葉が20分以上でてこないことに、軽くあれだった。あれをうけた。…なんだっけ?予期しない事に気持ちが動揺するようなあれの事。なんつったっけ?

もういいや、で、小田原へ出発。10時4分無事到着。すでにAKIさんが受付を済ませてくれていた。

小田原城ミュージックストリートは11時と昼1時の2回公演。

1回目は芝生のある広々したステージ。まずは僕ひとりで出てって歌い、途中でジュンマキ堂を呼び込むという演出。練り歩きで登場してくる彼女らは午前中の光を浴びてとても美しかった。

しかし、人々は思っただろう。浮き世離れしたのがまた増えたよ、と。

お腹の大きな妊婦さんが『区民プール』を聞いていた。

♪静かだなあ、僕たちが羊水にいた頃をおぼえてるかい?♪

向こうのほうでは次に控えしフラダンスの綺麗どころがリズムにあわせて踊り出した。

いいぞいいぞ、この不安定な日々をダンスで吹き飛ばしておくれ。

お弁当をもらい、午後はメインステージ「二の丸広場」。夏がぶりかえしたような暑さの中、出店がたち並び、たいへんな人出。

みなさん食べ物に夢中で、音楽なんか聞く暇あるのかな?と思っていたが、やり始めたら、方々から人が集まってきた。

チンドンの音色は人々の内部にある郷愁を揺するのだ。

新曲『それゆけ!貧乏紳士』をおろしたが、息つぎの場所がなかった。テンポが速すぎたのか、年をとりすぎたのか…。

ハアハアして歌い終わり、挨拶もそこそこに次の現場へ移動。AKIさんの車に楽器を積み込み箱根新道をまっしぐら。

早めに着いたので、沼津のアーケード街を散歩。ジュンちゃんとマキちゃんは年配御婦人御用達の洋品店へ吸込まれるように入って行く。

僕もこういった店には、高校生のころから通っていたので、ジュンマキ堂とは深い縁を感じる。

そして夜、沼津ブルームーンカフェ。

リハを終え、外へ出るとひとっこひとり歩いていない。だ、大丈夫かな?とちょっとあれしてしまった。あれの事なんだっけ?不安なことを気にかけてしまうようなこと…。

しかし、そんなあれは無用だった。開場時間とともにお客さんは集まってきた。

なんと、四月に行った土肥からは、お客さんが家族で来てくれた。前回の土肥では女高生が運んでくる地酒を呑みすぎて、時間感覚がわからなくなり、極短ライブをやってしまった。

本気で酔ってしまい、随分時間がたったような気がして、1時間半の持ち時間を40分ほどで切り上げてしまったのだった。

今日はそんなことのないようにとのぞんだが、2部の途中でまたもや女の子が酒を運んで来た。しかもこの娘はあの時と同じ女高生。日本酒はいけません、日本酒は…。

誰がこんな演出を…く〜っと一気に呑み干した。粋なデジャヴュ演出はAKIさんのしわざであった。

残念ながらジュンマキ堂は終電の都合があり、一部を終えた時点で帰京となった。ジュンマキ堂、大好評。惜しまれつつ帰っていった。

CDも売れ、まったくいい一日だった。毎回こんなツアーだったら、あれなんだけど。あれのことなんつったっけ、最低じゃないような事…。

小田原城ミュージックストリート、飯山さん、PAさんたち、スタッフのみなさん、ブルームーンカフェ、加藤さん、店長さん、フタッフのみなさん、よこぴーさん、AKIさん、荒井さん、そして、近くから遠方から来てくれたすべてのお客さん、

以上のかたひとりひとりに深い感謝とあれの握手を送ります。なんだっけ、感情がいちじるしく高まった状態のようなあれの…。

 







《お知らせ》

ちんどん太鼓隊「ジュンマキ堂」とのライブ映像アップしました。
「廻せ!廻せ!」/オグラ&ジュンマキ堂
唱歌「夏は来ぬ」/オグラ&ジュンマキ堂
「ゆっくりサンシャイン」/オグラ&ジュンマキ堂







江古田ちめんかのや"真夏に飛ぶ/Pippo のポエトリーステージ" 
江古田ちめんかのや"真夏に飛ぶ/Pippo のポエトリーステージ" 
江古田ちめんかのや"真夏に飛ぶ/Pippo のポエトリーステージ" 
江古田ちめんかのや"真夏に飛ぶ/Pippo のポエトリーステージ"


 

2011.9.17
『江古田ちめんかのや "真夏に飛ぶ/Pippo のポエトリーステージ"』

ポエトリーアーティストPippoさんによる、詩の朗読イベントにゲストとして呼ばれた。

僕は歌を歌いケータイ写真詩などを披露。

湾岸戦争のころ作った『5つの実験』を十何年かぶりに歌った。この歌詞はもともと詩として作ったもので、当時現代詩の雑誌に応募したがボツになったのでメロディをつけたという歌。

お客さんはそれぞれに、言葉とメロディを胸の深い所へ沈めるような聴きかたをしていた。居心地のいい空間だった。

そしてPippoさんと現代詩についてのトーク。

何をしゃべったのかあんまりおぼえていない。Pippoさんの詩の朗読を聞きながら焼酎呑んで気持ちよくなってたからね。

有名な詩人しか知らないので、僕には詩について話せる事は少なく、いきなり脱線しちゃったかも。

センチメンタルや繊細は自分をまもりすぎるから、なるべく「I am」を減らしたほうがいいんじゃないか。というような発言をした気がする。

途中、マイクスタンドが折れるというハプニングもあったが「前にいたお客さんに持っててもらう」という臨機応変な対応でショウは無事終了。

そのあと打ち上げでも、詩がらみのいろんな人と出会うことができて、とても貴重な一日となった。

ちめんかのや、店長さん、スタッフのみなさん、Pippoさん、カヒロくん、荒井さん、そして、来てくれたすべてのお客さん

以上のかたひとりひとりに、ぽえみーな握手を送ります。

で、翌日、子供時分のへんな事を思い出し、久しぶりに詩っぽいものを作ってみた。しかし…嗚呼、センチメンタルが治らない…。


『サワガニ』

サワガニをつかまえてきて

びんに入れておいたら

翌朝いなくなっていた

スチール制の勉強机の

蛍光灯のヒモをひっぱると

カタカタカタッ と音がする

もう一度やってみると

カタカタカタッ 

蛍光灯のカバーをはずして

中をのぞいて見るけど

カニはいない

この音 いつから してたっけ?

そんなことを気にしながら遊んでいたら

夏休みが終っていた

それから半年がたち

いつのまにか音のことは忘れてしまった

ある夜

泣きながら

蛍光灯のヒモをひっぱると

カタカタカタッ

やっぱり中にいるんだな

何食べて生きているんだろう?

カタカタカタッ

気持ち悪くもあり

安心もする

カタカタカタッ

カタカタカタッ

 

 







あいおい納涼市 
あいおい納涼市 
あいおい納涼市 
あいおい納涼市 
あいおい納涼市 
あいおい納涼市 
あいおい納涼市 
あいおい納涼市 
あいおい納涼市 
あいおい納涼市
 

2011.9.10
『〜あいおい納涼市〜
  高齢者介護福祉サービス「相生の里」』

相生の里、2回目の出演。

お客さんは施設のお年寄りばかり。今回も古い歌をメインにしたメニューで挑んだ。「唱歌でめぐる春夏秋冬の旅コーナー」ももちろん演奏。

歌詞をプリントして配ってみたら、以前よりも歌う人が増えた。おばあちゃんの唱歌コーラス最高!

やっぱり音楽は必要なんだ。ほとんどの人が車椅子だったけど、手をふり踊ってる御婦人もいた。なにかとんでもないものを受け取ったような心持ち。

唱歌には「I am」がない。景色の中に全部がある。権利ばかり主張する現代において唱歌の世界はとても新しい考えかたなんじゃないだろうか。

僕ももう少し日常の「I am」を減らしていきたいと思う。みんながそう思えば無駄ないさかいが減るじゃないだか。

そんなことを感じることができた、いい一日だった。

オリジナルの「こけしワルツ」という新曲も披露した。こけしは産地により特徴に違いがあり、おもに11種類の系統に分類できる。その産地を連呼する大サビがある歌。

終った後、ちゃきちゃきした職員の姐さんが「木地山」という産地を知っていてなつかしいがっていた。その他、成る程という話もきいた。介護の仕事はサービス業ではない。自分がバレる仕事だ。ソウルを怠けていると認知症のお年寄りにみやぶられるそうだ。

最後はアンコールにこたえもう一度『おぼろ月夜』。ライブ中、同じ曲を2回やったのは生まれてはじめて。構うもんか、みんな歌いたいんだ。握手やサインを求められ、おばあちゃんのアイドルみたい。企画者の砂金さんもよろこんでくれた。

あいおい文庫、砂金さん、スタッフのみなさん、荒井さん、そして来てくれたすべてのお客さん、

以上の方ひとりひとりに深い感謝とアイドル的握手を送ります。

 







オグラツアー2011夏、京都 どん底ハウス 
オグラツアー2011夏、京都 どん底ハウス 
オグラツアー2011夏、京都 どん底ハウス 
オグラツアー2011夏、京都 どん底ハウス 
オグラツアー2011夏、京都 どん底ハウス 
オグラツアー2011夏、京都 どん底ハウス 
オグラツアー2011夏、京都 どん底ハウス 
オグラツアー2011夏、京都 どん底ハウス 
オグラツアー2011夏、京都 どん底ハウス
 

2011.9.4
『オグラツアー2011夏、京都 どん底ハウス』

またまた雨。

台風を回転させているのはこのインチキ手廻しオルガンだ。

京都へ来るたび、お世話になっている扉野さんの御実家、徳正寺へ顔を出した。

お礼の意味をこめ、お母さんが好きな映画から『月光価千金』など3曲ほどを本堂で披露。その後、御孫の誕生祝いに、なぜか僕も同席させてもらう。隣にはこれまたなぜか東京在住の魚雷くんもいる。京都に来るといつもぎょらがいるので、やつはふたりいるんじゃないかとにらんでいる。昼間からビールでいい気分。

夜はどん底ハウス初出演。リハの最中、神戸の須山公美子さんから店へ電話があり、かわってもらうと「なんでいるの?」と驚かれた。12月に須山さんの企画で宝塚音楽学校へ出ることになっている。男がここで歌うといのは考えられなかったことだそうな。で、もう一カ所僕とツーマンを組むという事で電話してきたらしく、話はトントン拍子に決まり12月再びどん底決定、嬉。

翌日、帰るはずだったが、夕方、川床でワインをかたむけていると、身も心も京都へかたむいてしまい、もう一泊。

そしてあくる日、読みながら帰ろうと、浅生ハルミンさんの新刊『三時のわたし』を購入。三時になにをしていたかという文とイラストが一年分書いてある。僕も出てきており、ハルミンさんにかかるとむさ苦しい自分も可愛らしいイラストになっていた。

なんや、ぷよさん、G子さん、寺さん、かりこさん、ちかこさん、ヒロコロさん、拾得、テリーさん、フーさん、スタッフのみなさん、コバヤン、東くん、つれづれ、ペリカンオーバードライブ、CRACKS & RABBITS、扉野さん、潤ちゃん、ひとしさん、しょうこさん、どん底ハウス、いけのさん、白波瀬さん、マキハラヤヨイさん、荒井さん、そして来てくれたすべてのお客さん

以上の方々ひとりひとりに深い感謝と百万ヘクトパスカルの握手を送ります。

 







オグラツアー2011夏、京都 拾得 
オグラツアー2011夏、京都 拾得 
オグラツアー2011夏、京都 拾得 
オグラツアー2011夏、京都 拾得 
オグラツアー2011夏、京都 拾得 
オグラツアー2011夏、京都 拾得 
オグラツアー2011夏、京都 拾得
 

2011.9.3
『オグラツアー2011夏、京都 拾得』

また台風。G子さん曰く嵐をよぶ男。

今日は東京からペリカンオーバードライブがきている。原もいる。広島からはベースマン、スズキマサル一家、そしてお客も半分は東京の人々。

拾得なのに、高円寺みたい。

ペリカンのマサル、たけちゃん、そして原とともにオグラバンドで出演。やっぱりバンドは最高にいい気分。しかし、持ち時間が短すぎた。もっとやりたかったけど企画のコバヤンに無理いって入れてもらったので、サクっと終った。

共演バンドはみんなそれぞれで、ジャンルも違う。

最近はさすがにいなくなったけど、ミュージシャンどうしで話ていると「ジャンルは?」と聞いてくるヤツがいる。

若い頃は、なんでそんなこと聞くんだろうと怪訝な顔つきではぐらかしていた。何かを作っている以上、自分だけのものを作りたいわけで、他と一緒にされるということに抵抗はないのか?と思った。

というより自分のジャンルがわからなかった。人にはフォークといわれたり、ロックといわれたり、シャンソンといわれたり…。

僕はそのどれにも属さない音楽を作りたかった。「ジャンルは?」というのはあいさつみたいなものかもしれないけど、例えばセックスピストルズを聴いて衝撃をうけたとして、なぜパンクバンドをやろうとするんだろう?という疑問がつねにあった。

「誰とも違うことやって人をからかうと面白いぜ」僕にはそんなふうに聴こえた。

一般の人には区分けが必要だろうけど、ミュージシャンにジャンルなんていらないだろう。

もちろん拾得にもそんなものはなく、打ち上げも良く酔っぱらった。

 







オグラツアー2011夏、名古屋なんや 
オグラツアー2011夏、名古屋なんや 
オグラツアー2011夏、名古屋なんや 
オグラツアー2011夏、名古屋なんや 
オグラツアー2011夏、名古屋なんや 
オグラツアー2011夏、名古屋なんや
 

2011.9.2
『オグラツアー2011夏、名古屋なんや』

いつものように朝、高速バスで出発。

集合場所でチェックを済ませると、男の係員が次回から楽器の持ち込みはできないという。え?そんなの知らなかった。というと条件項目に書いてあるという。

そ、そんな…。

あまりにも四角い、言いかたなので、どこまでが楽器なのかを聞いてみる。

「ウクレレは?」

「だめです」

「ハモニカも?」

「だめです」

「だってカバンに入ってたらわかんないじゃん」

「もちろんこちらで確認はできませんが、全楽器、車内への持ち込みはできません」

「だったら人間は?」

「…え?」

「歌う楽器じゃん」

「いえ、人間は人間ですから」

このバス会社よかったのに、なんかあったんだろうな、弁償しろみたいな輩がいて。壊れても文句いわないからいいじゃん。といってもまったくとりあってくれない。

口約束もできないなんて、まったくもって現代の真四角。もうやめよう、僕はいつだって歌う楽器なのだから。あ〜あ。

で、夜。台風がひどく、お客ゼロ人覚悟してたけど、パラパラ集まってくれた。合羽着て来た人もいてものすごく嬉。

なんや最高!めちゃくちゃ盛り上がりました。客のプロ多し。

なんやはお座敷なので、宴会の中、ひとりだけ立ち上がって歌っているみたい。

MCごとに話しかけてきて、感想などをいいあう。ははは、自由すぎら。

「なんで、今、感想ゆーの?」

「今ゆっとかないと忘れちゃうもんで」

なるほど。音楽もそこにとどまってはいない。3、4分で消えてしまうから美しいのだ。

ここにはミューズがいるのかも。今までで一番いい「散歩」が歌えた気がする。女の娘が泣いていた。僕はその涙の中へ入ってしまった。ライク、ア、忘我。

ちび豆ひとつ売れました。

 

 







石巻 大街道 炊き出しライブ 
石巻 大街道 炊き出しライブ 
石巻 大街道 炊き出しライブ 
石巻 大街道 炊き出しライブ 
石巻 大街道 炊き出しライブ 
石巻 大街道 炊き出しライブ 
石巻 大街道 炊き出しライブ 
石巻 大街道 炊き出しライブ 
石巻 大街道 炊き出しライブ 
 

2011.8.23
『石巻 大街道 炊き出しライブ』

あざみ野かるたの店長さんが炊き出しに行くというので同行させてもらった。

前夜3時に車2台で出発。約6時間かかって石巻へ到着。

炊き出しの手伝いをして、大街道の住宅街でひと廻し。元気のいい年配のおとーさんが曲の合間にいろいろ話しかけて来る。どっから来たのかとか、自分は昔なにやってたとか云々。なまっているので聞き取れない部分もあったがテキトーでほんわかした時間が流れた。見てる人もリラックスしたご様子。

いつものようにインチキ手廻しオルガンの楽器説明をし「…でまあ、外側のこれはアンティークラジオなんですが」というとおとーさんが「そりゃあ、おめ、さんきゅうすうぱだ」という。「え、なんだって?」「さんきゅうすうぱだろ、つの」

さんきゅうすうぱ?…なんて珍しい方言なんだ。

と感心していたら「さんきゅうすうぱ」ではなく「3球スーパー」だった。古い真空管ラジオの名称だそうな。

「おとーさん、クワですねえー」「え、なに?」「だからクワ」「なんだって?」「詳しいのクワ…」「なに?」とホットなやりとりがつづいた。

2ステージ目にきたおばあちゃんが一番ノリノリだった。炊き出しの最中「この後ここで唱歌など歌います」というと「あそう、じゃあ絶対来る」といってた御婦人だ。

ニコニコしながら手拍子をしていたがワルツになったらノリかたがわからず、二拍目に手拍子を入れてきた。ちょっとつっこんでいるのでウィンナーワルツのようになっていた。恐るべし石巻のウィンナーばあちゃん。

終った後かけよってきて『上手だったよ。ありがとう。私の亭主は流され亡くなりました。歌を聴けて楽しかった』と地元の言葉で云った。『楽しかった』という言い方にキュンとしてしまった。

やっぱり音楽は楽しいんだ。

岸壁沿いにはyou tubeの映像だけでは決してわからない現実がそこら中にころがっている。『海沿いなんて、そんな所行って大丈夫なのか?』と心配する人もいるけど、「そんな所」なんて言い方をしてはいけない。そこには今もたくさんの人が暮らしている。大型スーパーのレジは長蛇の列、むごい瓦礫の横に日常があった。

だから音楽は楽しくなければいけない。どんなに悲しいことを歌っていたとしても、音楽は面白くなくてはいけない。音楽にはリズムがあり、そこにいる僕たちを違う場所へつれてってくれる。

震災直後から僕はずっとそわそわしていた。年寄りが避難所にいるというニュースを聞くたびそわそわが止まらなかった。そこで唱歌や古い歌を歌いたいという衝動。もちろんオリジナルも。

妻は、有名人でもないし、呼ばれてもいないのに、今はまだ迷惑じゃないのかと強く反対した。行かせたくないという気持ちだったんだと思う。何カ所かのボランティアセンターへ電話してみたが、ライブという要望はまだないといわれ、電話番号を伝え登録だけしてもらった。

何日も下着を交換できない人が歌なんか聞きたくないんじゃないか。という考え方もある。そりゃそーだ、そりゃそーかもしれないけど、聞きたい人だっているかもしれない…。しかし月日がたち、自分の予定をこなしているうちに気持ちは薄れてしまった。実にいい加減な自分。逡巡してるだけで結局なにも行動できなかった。

なぜ行きたかったのか。

自分の音楽を広めたいという気持ちはもちろんある。そして図々しくも自分は行かなければならないんじゃないかという使命感のようなものを感じていた。古い歌を歌う人はいくらでもいるだろう。自分より歌のうまい人もたくさんいる。でも、インチキ手廻しオルガンで歌う唱歌には哀愁と楽しさがグルグル回転している。

ツアーをまわり、各地で感じたことは『唱歌を歌うとおばあちゃんたちは踊り出す』だ。一瞬の間でも下着のことを忘れられたら…というよりただ歌いたかった。自分はこんな武器を持っているのになぜじっとしているんだという焦燥感。毎日曲メニューを考えていた。こんな時に音楽は不謹慎なのか…。

ウソかホントかよくわからないけど、9.11テロの後、どこかのラジオ局が『イマジン』を放送自粛したというニュースを聞いた。理由は「のどかすぎる」…そ、そうとるのか……あの曲にたよりすぎるのもよくないけど、今こそ使え。じゃなかったのか。

理由なんてものからは、もう解放されたい。

『なぜ?』とか『どうして?』とか僕たちは理由や理屈が大好きだ。でも、なぜ生きてるのかを誰も正確に答えられない。

なぜ行きたかったのか?なんてどーでもいいや。僕はおばあちゃん子だからおばあちゃんが喜んでいればうれしいぜ。

かるた、津山さん、朋子さん、大西さん、マリちゃん、島ちゃん、山下さん、小林さん、ボランティアのみなさん、荒井さん、そして、大街道のみなさん

以上の方、ひとりひとりに深い感謝と強い握手を送ります。

 

 







8.15世界同時多発フェスティバル 
8.15世界同時多発フェスティバル 
8.15世界同時多発フェスティバル 
8.15世界同時多発フェスティバル 
8.15世界同時多発フェスティバル 
8.15世界同時多発フェスティバル 
8.15世界同時多発フェスティバル 
8.15世界同時多発フェスティバル
 

2011.8.15
『8.15世界同時多発フェスティバルFUKUSHIMA!
 福島音楽解放区 終了』

遠藤ミチロウさん達が主催の夏フェスへ行ってきた。

会場はいくつもあり、音楽解放区というスペースには登録すれば誰でも出られるというのでひと廻ししてきた。

いや〜暑かった。

炎天下で歌っているといろんな人に声かけられる。知り合い増えたなあ。地味ながらもツアーを続けてきて良かった。あっちこっちへ行く事で『自分』という面倒くさい物体が軽くなる。どんどん行こう、サバサバ行こう、廻せ!廻せ!〜。

夜はあづま球場で20数年ぶりにスターリンを観た。ミチロウさん、物凄くパワフルだった。「ロマンチスト」「メシ喰わせろ」等々。「溺愛」が聴けてうれしかった。

同行した妻が「メシ喰いねえ、懐かしかったね」といい、強いショックをうけた。

翌日からは夏休み。妻の付き人として青森のこけし館へ。やつは伝統こけしの魅力にはまっている。秋にやる高円寺フェスではこけしイベントの担当もつとめるそうな。『いや〜、最近うちのサイがでんどうこけしの魅力にはまっちゃって…あ、電動じゃなくて伝統でした』といろんな友人にいってみるだが、ことごとくシカトされる。

翌日は『黒石よされ』祭りを観た。♪エッチャホー、エッチャホー、ホッ、ホッ、ホッ、それっ♪というかけ声がチャーミングだった。故郷に独特のお祭りがある人がうらやましい。観客も参加できる「廻り踊り」というのがあり、一緒に踊った。

《急遽決定》
8/23(火)あざみ野かるたの店長さんが、石巻へ炊き出しに行くというので同行させてもらうことになりました。廻させていただきやす。(※当初は老人ホームということでしたが場所が変わるもよう。詳細はツイッターで)

 







高円寺 稲生座ライブ終了   
高円寺 稲生座ライブ終了

 

2011.8.11
『高円寺 稲生座ライブ終了』

アンコールを歌い終わり、店長さんと昔話をした所までは憶えているが、そのあとの記憶が、面白いくらい無い。

翌日、目覚めると妻が激怒している。はは〜ん、こりゃ、なんかやったな。

聞いてみると、ベロベロに酔った帰り道、絵に描いたような千鳥足で、道を端から端まできっちりジグザクに歩き。色んなものにわざとぶつかり、最後は人ん家の垣根に頭を突っ込み、立ったまま寝てしまったそうな。ギターを背負っていたので、でかいカブト虫にみえたらしい。「この、オグト虫がっ!」と毒づくかれた。

いくら揺すっても起きず、そのまま倒れこんでまた寝てしまったという。しょうがないので妻がギターとCDを持ちいったん帰宅。しばらくすると、また色んなものにガタガタぶつかりながら帰ってきて、サマーベッドをガチャリガチャリと用意し、凶暴なイビキとともに寝てしまったらしい。

しかし、手廻しオルガンは自分で持っていたというから、そこはさすがといえよう。酩酊状態の中にあっても『決してオルガンは忘れない』という、強じんな精神力だ。

ところが、醜態はそれだけではなかった。途中まで一緒に歩いていた女友達を、どういう訳か執拗にまこうとしていたらしい。すごくいい娘なのに、まったく悪ふざけが過ぎるようだ。これは反省しなければいけない。Aちゃん、わりぃ、謝罪。

妻がオグト虫の写真を撮っていなかったので、再現ねつ造してみた。(写真2)

ライブのほうはたっぷり1時間半はやったんじゃないだろうか。原のピアノが歌にペタペタといろんな色を塗った。本当はもっとやってもよかったが、小さな店にギッチリ詰め込まれた人々。いくらなんでもきつすぎたようで申し訳なかった。

稲生座、エミさん、レイチェルさん、佐藤さん、愛染恭介くんとメンバーの皆さん、荒井さん、そして、来てくれたみんな、以上の方ひとりひとりに深い感謝とギッチギチの握手を送ります。

 







オグラツアー2011夏、松本GNU 
オグラツアー2011夏、松本GNU 
オグラツアー2011夏、松本GNU 
オグラツアー2011夏、松本GNU 
オグラツアー2011夏、松本GNU

 

2011.7.31
『オグラツアー2011夏、松本GNU』

会場が「GNU」へと変更になった。

6/30におきた地震で予定されていたお店「Just」が再起不能となってしまったのだ。松本の地震はあまりニュースになっていなかったので、そんなに深刻な状況だとは…なんと言っていいのやら言葉もない。

こういう状況の時、人は『がんばって下さい』と言ってしまう。その場を言葉で埋めたがってしまうんだ。しかし、今はがんばれない人に向かって、その言い方は残酷であり、的外れなんじゃないかと思う。

ポジティブに希望を持とうとするあまり、ヘヴィなことやどうしようもないことに目をそむけてしまう。『がんばって下さい』ということでその場から逃げているのかもしれない。

自分の中へ静かに沈めるしかない。僕にできることはなにひとつないんだ。とにかく情熱をこめて、いつもの自分をやるしかない。

などど考えつつ会場へ着いた。すでに共演の若い女の子たちがリハをはじめている。もちろん「Just」の店長さん、ブッキングの樋口さんも来ている。中止ではなく開催を決めてくれたお礼をこめて挨拶した。

本番前、楽屋でセロリを食べていると、共演の女の子たちが「なぜセロリを…」と聞いてくる。ツアー中は野菜不足になりがち。お腹いっぱいだと声出にくいし、手軽なのでよく本番前にセロリを食べるのだが、その姿が奇妙にうつるのか、各地で「なぜセロリを…」の質問にあう。だって家で食べるでしょ、セロリ…へ、変なのかなぁ?

ライブはというと、これがものすごく盛り上がりました。お客さんの反応バリバリ良かったし、演奏もよくできた。松本サイコー、また来ます!

甲府ハーパーズ・ミル、坂田さん、岩崎けんいちさん、よよよいさん、AKIさん、松本Just、上条さん、樋口さん、遠藤さん、ましゅまろままさん、トーメさん、FUKUさん、GNUスタッフのみなさん、三鷹、豊田、立川駅の係員さん、荒井さん、そして、来てくれたお客さん

以上のかた、ひとりひとりに深い感謝と真夏の握手を送ります。

 







オグラツアー2011夏、甲府ハーパーズ・ミル 
オグラツアー2011夏、甲府ハーパーズ・ミル 
オグラツアー2011夏、甲府ハーパーズ・ミル 
オグラツアー2011夏、甲府ハーパーズ・ミル 
オグラツアー2011夏、甲府ハーパーズ・ミル 
オグラツアー2011夏、甲府ハーパーズ・ミル 
オグラツアー2011夏、甲府ハーパーズ・ミル
 

2011.7.30
『オグラツアー2011夏、甲府ハーパーズ・ミル』

昼前に中央線で出発。
当日移動で行けちゃうなんて、甲府って近いなあ〜と、のんきに快速に乗り換えたら、なんか肩が軽い。

網棚に手廻しオルガン置き忘れました。ははは…さあ、大変だ。

あわくって、忘れ物お届け所へ飛び込んだ。初老の駅員さんがテキパキと連絡してくれて7つ先の駅で救出してもらった。

はあ、助かった。豊田行きというのを覚えててよかったぜ。しかし、たるんどる。自分が何者であるかを忘れたとしても、手廻しオルガンだけは絶対に忘れない自信があったのに。普段から乗りなれている中央線で気がゆるんだか。

でも、まだ安心はできない。手廻しオルガンは、よくある黒いスポーツバッグに入れてある。向こう着いて開けてみたら柔道着が入ってた…なんて事もじゅうぶん考えられる。油断すんな。

時間は刻一刻と過ぎてゆく。急がないとリハの時間に間に合わない。豊田駅に着き、アップテンポで階段をかけ降り、係の人に尋ねると、そんなものは届いてないと言う。

な、ナニ〜? この係員、モグリじゃねーの?

あっ! しまった。よく考えたら、届いてる駅は豊田じゃなくて立川駅だった。来すぎた、戻れ!

まったく何やってんの。人を疑う前に自分を疑え、だ。

わーっと階段を3段とばしで駆け上がり、ふと振り返るとカート忘れてる。グワシ!落ち着け落ち着け、時間はまだある。

ようやく立川駅へ戻り、また忘れ物お届け所へ飛び込んだ。「黒いバッグなんですが」と言うと「はいはい届いてますよ」と、出てきたのは御婦人用ハンドバッグ。

ひぇ〜、ぇ〜、ぇ〜?

そんなに小さくないっす。

「それじゃなくて」と真っ青になってたら、ちゃんとありました。はあ〜、よかったあ〜〜〜〜。

黒いバッグはふたつ届いていた。なぜ最初にハンドバッグのほうを出してきたのか?まさか、おばさんに見えただか…。

そして夜、初めての店、甲府ハーパーズミル。無事ライブできました。

オーナーの坂田さんはギター作家でもある。今、友部さんが使ってるのも坂田さん作、だそうな。友部さんはこの店ができた年から毎年ライブをやっている。

アンコールで「空が落ちて来る」をやった。坂田さん大変喜ばれ、また来てほしいと言われた。

ハーパーズミルのカレー旨かった。ちび豆ひとつ売れました。

 







《お知らせ》

「夢の中には水がこぼれている」

配信スタートしました。

下北沢Majixより一曲¥100






ライブ width= 
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ジュンマキ堂の楽屋を盗み撮り
ジュンマキ堂の楽屋を盗み撮り

僕たち打ち上げ野郎
僕たち打ち上げ野郎
 

2011.7.18
『高円寺JIROKICHIライブ終了』

久々の満員ライブ。主催者のココロー&ヘルニアンズに感謝。

チンドン太鼓隊「ジュンマキ堂」との相性やはりバッチリ。出順一番だったにもかかわらずアンコール頂きました。カカカカ、呵々大笑。終ったあと出演オファーが何件かあった。ありがたき。

このまま、このユニットでツアーを回りたいけど、彼女たちにもスケジュールがある。「オグラ&ジュンマキ堂」のライブはめったにないので今後もお見逃しなきよう、ヨロシクおたの申します。

打ち上げは珍しく野郎ばっかりだった。ミュージシャンと話すのは楽しい。音楽と志ん生の話で盛り上がった。悪い事がひとつもおこらない最良の夜でした。

JIROKICHIスタッフの皆さん、ココロー&ヘルニアンズ、本名カズトBAND、荒井さん、いたさん、清水夫妻、そして、来てくれたお客さん

以上のかた、ひとりひとりに深い感謝と汗ばんだ握手を送ります。







2011.7.14
第12回『ター坊ちゃんという親父の話』その1

先月は父の日だったそうなので、自分の親父のことを書いてみようと思う。

親父が死んだのは享年六十。僕が31歳の時だった。直接の死因は肝不全。しかしヤツの人生はもう終っていたも同然だった。

27才で一度目の結婚をし、昭和40年、僕が産まれた。普通のサラリーマンだったが、酒癖の悪さと暴力で、母親は僕が3才の頃、家を出ていった。親父が母親へ馬乗りになり、殴っているのをなんとなく憶えている。いつも僕が寝たあと、騒ぎは始まるのだ。母親が僕の名を呼び、こっちへ這ってくるのを、親父が髪の毛をひっつかみ引っぱり回していた。僕は恐ろしくて布団にもぐっていた。

ある晩、目をさますと、僕は大蛇に身体をとぐろ巻きにされていた。ぎゅうぎゅう締め付けてくるので苦しくってたまらない。まわりを見ても、四畳半の部屋には自分 in 大蛇しかいない。恐る恐る大蛇の顔を見てみると、それは母親なのだった。

なんしろ小さかったので夢とうつつがごっちゃになっている。大蛇の顔が親父ではなく母親だったという所がおもしろい。そして、かえって恐ろしくもある。

なぜ、そんな夢を見るのかというと思い当たるフシあり。親父は常々僕を洗脳していたのだ。「おまえの母さんは俺とおまえを捨てて出てっただぞ、ひでー女だぞ。だから怨めよ」と、事あるごとに噛んでふくめるようにして聞かされた。普通、ゆーかねぇ?子供にそんなこと…。

その時思ったのか、後々思ったのかわからないけど、こいつの話はどうも信用できないと感じていた。まあ、母親を恋しがらせないようにしたのかもしれないが、なかなかに力まかせな洗脳だ。

結局、家の窓を蹴破って出ていったきり母親は帰ってこず、僕はおばあちゃんの家で育てられた。確かにひどい暴力だったかもしれないが、普通、窓、蹴破るかねぇ?窓を…。スッと体をかわして玄関からという訳にはいかなかったのか?…母親もなかなかにパワフルな人であった。

その当時は今ほど離婚率が高くなかったので、僕は親戚一同から「可哀想に、不憫だ、不憫だ」といわれた。しかし、おばあちゃんの家にいるのはとても幸福だった。針箱が置いてある後ろの変な空間が好きで、いつもそこに身体をまるめて寝ていた。

そういう姿を見ると大人はよけい不憫だったかもしれないが、小学生になった僕はまったくそう思わず、ウンチをもらしながらザリガニをとって遊んでいた。

親父は呑まなければ、なんの害もない無口な男だった。僕もドライ状態の親父は好きで結構なついていたように思う。昼間はおばあちゃんの家にいて、夜になると親父が迎えにきて社宅へ帰るという生活。迎えに来た親父は、たいがいまっすぐ帰宅ぜず、僕を連れて呑みに出かける。

焼き鳥屋のカウンターに子供が座っているので、大人があれこれ話しかけてくる。今は居酒屋に子供がいてもたいして不思議じゃないが、昭和40年代には違和感があったんだと思う。隣の酔っぱらいが「なんだやあ、ぼく、いくつだね?」と聞いてきて、ジュースをおごってくれる。だけど、酒とちがってジュースはそう何杯も飲めるもんじゃない。そんな時、親父はなにも言わずだまっているが、後から何を訊かれたか確かめたりした。

何軒かハシゴして、夜遅く社宅へ帰るのだが、警官が前から歩いてくると、「隠れろ!」といって植木の陰へ身をひそめたりする。深夜に子供連れなので職質を恐れたのかもしれないが、そういう所は気の小さい親父であった。しかし、当時はそんな事わからないので『もしかしたらお父さんは何かの犯人なのかもしれない』と思っていた。

なんか、長くなりそうなので、思いついた時にちょこちょこ書いていこうと思う。

『ター坊ちゃんという親父の話』第一弾でした。

末筆失礼







別府 博堂村 
別府 博堂村 
別府 博堂村 
別府 博堂村 
別府 博堂村 
別府 博堂村
 

2011.6.20
『オグラツアー2011夏、別府 博堂村』
ツアー3日目。

車窓から流れてゆく景色。どんな田園風景にも集落があり人々が暮らしている。狭い狭いといいながら在来線で長い距離を移動していると日本はとても広い。こんなにたくさんの人がいるのにどうして自分のライブには人が集まらないだか。

『あーあ、もう駄目なのか。すでに答は出てるじゃないか。バランスのない完成…僕は淋しい』これまで何度もそう思ってきた……しかし『まだまだ工夫が足りないんじゃないですか?ツアーだってたいして回ってないし』と、もうひとりの自分。

んじゃあ、やっぱ行くとするかい、次の町へわらじを履こう。そういえば僕は、産まれた時からずっと淋しかったじゃないか。ひとりで行こう。音楽はこのままでいく。『今風』なんかクソくらえ。誰も彼もが、誰かが言いそうなことしかいわないじゃないか。もっと、もっと……反対側へ突き抜けろ。だ。

などと自己完結していたら、小学生男児が手で顔を隠し指の間からそっとこちらをのぞいている。『おばさんのように見えるかもしれないけどおじさんだからね、よろしく』

で、別府 博堂村。初めての出演。

共演の若いミュージシャンたちは皆とても上手だった。おじさん嘆いている場合じゃないよ。いつものオグラショウをやりました。人々は笑いながら、時に真剣に音楽を楽しんでいた。ノリも良くなかなか頑張れたんじゃないだろうか。

店長さんがこれまたおもしろい人で、すごくシャープなことをおっしゃる御婦人。ライブ中、出演者がセッティングしている最中に、ノーマイクで司会をしてくれる。僕の時には「リハーサルを見て確信しました。これぞ本物の音楽」などとハードルを上げまくっていただきました。12月にまた来てほしいとの事。ああ、来てよかった。

各地にいます。くせのある店長さんたち。皆さんおっしゃる事は違えども、共通の何かを感じます。

自分の耳をつらぬいているということだろか。面白くなかったらハッキリ表明する。世の中に左右されない、自分の音楽観がどっしりしている人たち。だからちょっと怖い。中途半端なライブをやってはいけません。

ヲルガン座、イズミちゃん、スタッフの皆さん、鈴木一家、オルガンズメロディー、英三さん、奥さん、弱者連合、篠やん、博堂村、大塚さん、真弓子ちゃん、貴嶋さん、甲斐さん、、MIDORIさん、ヒカリさん、丸井康介さん、ツアー同行し写真撮ってくれた荒井さん、そして来てくれたすべてのお客さん。

以上の方々に深い感謝と暑苦しい握手を送ります。次回ツアーは甲府(7/30)、松本(7/31)。







湯田温泉オルガンズメロディー 
湯田温泉オルガンズメロディー 
移動中 
移動中 
移動中 
到着
 

2011.6.19
『オグラツアー2011夏、湯田温泉オルガンズメロディー』
ツアー2日目。

昨夜の反省を込め、魂を満載してのぞんだ。お客は少なかったけど予約してくれた人のためにたっぷり演奏した。

なかなか良いできだったんじゃないかと思う。蜘蛛の巣もふたつ投げました。

「こういう飛び道具、ホントはナシなんですが」と言うと「飛び道具ってほどでもないよ」というイカした野次も飛んできた。嬉しいじゃないの。結局、アンコールにも応え、休憩はさまずの二時間近い濃い内容となった。

これでいいのだ。常にど真ん中をぶつけてやれ。どーせ駄目なときゃ駄目なんだから。

命が回転している、アライブアライブ!

終わった後、見にきてたSちゃんにウイロウを手土産にもらった。親戚のおばちゃんか?さんきゅ。

「ちび豆太郎」ひとつ売れました。

 







広島ヲルガン座 
広島ヲルガン座 
広島ヲルガン座 
広島ヲルガン座 
広島ヲルガン座
 

2011.6.18
『オグラツアー2011夏、広島ヲルガン座』
今回も深夜バスで広島へ移動。

一年半ぶりのヲルガン座。

広島へ引っ越したベースマン、スズキマサルがサポートメンバー。

今回はディナーショウスタイルのライブ。チャージ無しのチップ制。3曲目あたりからお客がザワザワし出した。う〜ん、難しい。人々を音楽に集中させることができない。

こういう場合はしゃべりながらでも聞けるライトな選曲に切り替えるべきか。

そんな曲ねーよ。

「聴く気がないなら家帰ってテレビでも見てやがれ、この低能野郎」と毒づく気持ちをぐっとおさえ、ケータイ写真詩をやったり「2拍子の現実」をやったりしたが結局、ザワつきおさまらず。

そんなに退屈な音楽をやってるつもりはないのだが…バカらしくなり早々に切り上げ引っ込んでしまった。

しかし、呪うべきは自分の力のなさ。せっかくお客を集めてくれた店長さんにもまったくもって申し訳ねぇ。
あ〜あ、駄目なライブをやってしまった。自分がイヤになる。

でも、どーか耳をすましてほしいのです。歌の中の風景に立っているのは僕であり君なんだ。

僕たちは大笑いしながらセンチメンタルにさまよいつづける。はみ出されるんじゃなくて自らはみ出して行く。青い海目指して自分の旅をつづけるんだ。

それは決して見つからない海なのかもしれない。だけど、見つからないからといって無いと思うのは変だぜ。必ずどこかに存在しているはず。

どーか耳をすましてほしいのです。御食事しながら聴ける、BGM的音楽とは違うんだ。

本気で言ってます、どーか、ひとつ…。

 







高円寺ノライヌcafe 
高円寺ノライヌcafe 
高円寺ノライヌcafe 
高円寺ノライヌcafe 
高円寺ノライヌcafe
 

2011.6.6
『高円寺ノライヌcafe』

高円寺ノライヌcafe初出演。毒舌ウクレレミュージシャン、角森隆浩くんとのツーマン。
ノライヌcafeは2階にあり、店内よりバルコニーのほうが広い。オープンスペースでライブをやるので、音楽がだだもれしている。こんな事が許されるのは高円寺という町柄のせいか。

ミュージシャンは店の奥、お客は店内&バルコニーという配置。リハの後、ツリー(角森くん)が「今日は夏フェスだ」と断言していた。…ほほぅ、ずいぶんこじんまりしたフェスだ。

一番目にツリー演奏。

毒舌、無限にさえ渡りものすごくウケていた。テンポのある喋りと曲、人々によそみする隙間をあたえないライブ構成。もっともっとのアンコールもかかり、計算されつくしたステージ、完全なるショウマン。ツ、ツリーの野郎…この後、出づれえじゃねえか。

「夏フェス」という言葉を意識してしまったのか、またしても、クモの巣を投げてしまった。今回はいいタイミングだと思ったのだが、お客には、わざとタイミングをはずしているのがバレバレ。またしても、いいタイミングではずすタイミングをはずしてしまった。もう、本当にやめよう。なぜ持っていってしまうのか。心の弱さを克服したい。

先月、出ア統監督の訃報をニュースで知った。子供のころドキドキしながら観ていた『ガンバの冒険』や『宝島』をつくってくれた人だ。僕たちに勇気や裏切り、光と闇を教えてくれた大人。

ライブ中盤、出ア統監督に感謝の意味をこめ、小説「宝島」の前書きを朗読。自作の冒険シリーズを4曲たてつづけに歌った。19才でつくった処女作『左目にコインをのせて』、800ランプ時代の『ダンボールの舟』『架空の冒険者』、昨年音楽配信された『次の迷路へ』。

テンポよくバンバンやるつもりだったのだが『ダンボールの舟』あたりから滝のような大雨。みんな傘をさして観ていたが雨は益々強くなる。ダンボールを終えた時点でお客を店内に入れ、自分はバルコニーの軒先で歌った。せまい店内へ300万人もの観客を詰め込み、まさに監禁ギグ。

「今日は夏フェスだ」…なるほど、言われてみれば確かにそうだ。突然の雨、観客もミュージシャンも濡れながら音楽の中を泳いで行く。本来「夏フェス」とはこういうものなのかもしれない。まったくツリーの言うとおりだった。

その後、打ち上げも楽しく盛り上がり深夜に帰宅。朝かばんを見たら、グラス、おにぎりのカスなどが入っていた。い、いじめにあっている…。

ノライヌカフェ、まりこちゃん、コバヤン、キッサン、ツリー、荒井真治さん(photo)、そして、監禁されたびしょ濡れのお客さん、以上の方、ひとりひとりに深い感謝と架空の毛布を贈ります。







《お知らせ》

新しい映像できました。
「あなたの暗闇」/オグラ







2011.5.23
第11回『ネガティブ思考の話』

寝起きで、妻に、結局あんたは卑屈なんだと言われた。

こ、このメガネ酢コンブめ…。いい事言うなあ。

僕には大衆をバカにしているような所があり、呑みの席でも、人があんまり薄い話をしていると物足りなさを感じることがある。

だったら自分は深く物事を考えているのかというとそんなことはなく、自分の思いつきを熱っぽく話してはいるが、周りから見たら、その場にそぐわない、やっかいな酔っぱらいになっているらしい。

し、知らなかった…。

…ウソだ、知っていた。僕は昔からどこかずれている。大幅にずれているなら、魅力としてうつるのかもしれないが、自分の場合そのずれは変な方角にちょっとなのでたいへんわかりにくい。人々は楽しく話してるのに、自分が喋るとシーンとしてしまう事がままある。うっとうしいと思われてるかな?とは思うのだが、酔っているので止まらない。結論がないまま、嘆きで終わっているようだ。

結局、翌日、自責の念にかられ落ち込んでいる。そうするともう一人の自分が、落ち込むのはいいけど、そーやってまた自分の事ばっかり考えて。とささやく。もう、うるさいよ分裂野郎。

妻が言うには、言いたい事はわかるけど、言い方が卑屈に聞こえるらしい。

ああ、いーよいーよ、どーせ卑屈ですよ、と開き直ると、そういう所も、音楽がストレートに届かない理由なんじゃないかと、恐ろしい指摘をする。

たまらずトイレへ立つ。…あの女、今度あったらただじゃおかねえ…でも、この後すぐ会ってしまう。

辛辣なことを言うと相手は傷つくけど、同時に自分もすごくイヤな気持ちになる。だけど、自分も同時に傷つかなければ本音はいえないんじゃないか。せっかく酒呑んでハートが開けっ放しになっているんだから、現象だけの話してどーすんのよ。

年をとったのか、もともと古いタイプの人間だったのか?よく思うのは団塊の世代のおじさんたちと話していると、なんだか楽な自分がいる。口は悪いし、否定されたりするけど、真ん中には大衆に憂いている同じ匂いを感じるし、やさしさの定義が似ているからかも。

相手になにかを届けたいと思ったら、自分の醜さをさらけださなければいけないんじゃないか?

『めんどくさーい』と妻は言うだろう。あー、どーせ、めんどくさいよ、だけどもう治んないぜ。

人間は変われるという人がいるけど、あんまりそう思わない。言葉や行動は変えられるけど、中身というか、気質(たち)は生まれ落ちた時にもう決まってるんじゃないか?それを修正していくのが「生きる」ということなんじゃないだろうか?若いころからその考えは変わらない。

だから『自分らしく』という歌を聴くとイライラしてしまう。こんなやっかいな自分を簡単に許してはいけない。『ひとつになろう』というのもあんまり好きじゃない。ひとりづつが自立して、バラバラにならなければ本当の意味でひとつにはなれないんじゃないか。表面的な光が多すぎる。人間の内面に横たわる暗闇に目を向けていきたい。♪暗闇がなければ光は進めないよ♪だ。

「だから売れないんだよ!」

こ…この女、次こそただじゃおかねえ…でも、すぐ横にいるわ。

あなたの暗闇
あなたの暗闇(映像)

末筆失礼







オグラツアー2011春、その10 
オグラツアー2011春、その10 
オグラツアー2011春、その10 
オグラツアー2011春、その10
 

2011.5.15
『オグラツアー2011春、その10』

初めて行った岡山MO:GLA、ホットな人々にかこまれ、ライブ出し切った感あり。

みんなのノリのよさに、マル秘『コール&◯◯◯レスポンス』がホントの意味で大失敗。

あっはっは、そーきましたか。いやいやびっくり。

結構たっぷりやったのに、アンコールが2回もきたりして、実に嬉しい夜でした。対バンの☆NORi☆さんがたくさん宣伝してくれたおかげ。

オーナーのサンちゃんがこれまた面白い大先輩で、まだまだ各地にいるんだな〜こういう大人。頼もしいかぎりです。45なんて若輩者だなあ。

そして、どこへ行っても必ず出るのが友部さんの話。支持者の多さにあらためてびっくり。みんな口をそろえて言う事は『友部さんは常に今を歌っている』という事。

先月地震の後、はじめてのライブを見に行った時、「リクエスト大会」だったにもかかわらず、友部さんは最後に自分のやりたい曲をやるといい、なんと新曲を歌った。地震に関しての歌だった。友部さんの音楽は地震なんかでは壊れない、丈夫で深い歌だった。

もうひとつ、各地で言われるのはインチキ手廻しオルガンのこと。「前は紙が出なすったのに…」という感想。ツアー用に小ぶりな3号機を作ったのだが、2号機と違い、ロールペーパーは箱の中へ巻き取る型。「紙出るの楽しみにしてたのに…」という人が何人もいる。紙を楽しみにしてる人がいたなんて知らなんだ…45なんてまだまだ若輩者だだなあ。

ちび豆太郎、2個売れました。

松江AZTiC canova、三瓶さん、東井さん、みかん飯さん、SUEKICHI、もこちゃん&子供ら、カンディーさん一家、松江城、モリヤマさん御一行、米子病院、中本さん、職員ボランティアの皆さん、患者さん、ネギ&ラックさん、倉吉La Queue、美樹さん、お母さん、いそえさん、敬子ちゃん、圭子ちゃん、岡山MO:GLA、サンちゃん、ヨシキさん、スタッフの皆さん、☆NORi☆さん、松下トオルさん、強さん&美香さん、あきひろさん、そして、見に来てくれたすべてのお客さん

以上の方、ひとりひとりに深い感謝と分厚い握手を送ります。

次は、広島、山口、別府。







オグラツアー2011春、その9 
オグラツアー2011春、その9 
オグラツアー2011春、その9 
オグラツアー2011春、その9 
オグラツアー2011春、その9 
オグラツアー2011春、その9
 

2011.5.14
『オグラツアー2011春、その9』

昼間はスエキチのはからいで、精神科の病院でひと廻し。「はあとまつり」へボランティア出演。

やはり唱歌強し。前にいたおばあちゃん達ノリノリ。一緒に口ずさむ笑顔にこっちが救われる。

『廻せ!廻せ!』は毎度、盛り上がるけど、ホントにそれだけでいいだか?…。

人びとが楽しければ、それでいいじゃないかという気持ちと、本気の音楽を届けたいという欲望。

患者さんは男女問わず年齢層もバラバラ。ごちゃごちゃ考え、結局最後に『あなたの暗闇』 (映像)

人びとに届いただか?

いやいや、病院だろうがライブハウスだろうが観客をひとつのかたまりでとらえちゃダメです。人間に種類はなく、バラバラにひとりづつ。

終わった後、男の先生が「センシティブでジーンときた」といい、CD買ってった。

ありがとう!やるぜ俺は。

センシティブにセンチメンタルに。ただのユニークおじさんじゃない所をひけらかしてやるんだ!

…ひけらかすというのはおかしないい方だけど。

夜は倉吉ラ・キュー。

ワンマンのはずだったが、車で送ってくれるスエキチがなぜか自分のギターを積み込んでいる。よく見たらカンディ君というベース弾きも乗っている。

ス、スペシャルゲストで歌ってもらった。

スエキチのキャラクターが妙にウケていた。

ラ・キューはちょっと特別な店。あんまりひよった選曲はできない。

ど真ん中をぶつけないと、打ち上げで何言われるかわかんないよ…なんつって。

ライブ後、お客さんも交え、ゲラゲラ打ち上げ。スエキチも楽しそうだった。

ここの人達はいう事がシャープでおもしろい。それぞれに独自性アリ。

店長美樹さんは「うちは一般食堂だもんで」なんて笑っていたが『道徳の屋上』を聴きたかったそうな。

わお、ロック姉さん!







オグラツアー2011春、その8 
オグラツアー2011春、その8 
オグラツアー2011春、その8 
オグラツアー2011春、その8 
オグラツアー2011春、その8
 

2011.5.13
『オグラツアー2011春、その8』

雨降る中、深夜バスで東京を出て、翌朝、松江へ着いた。

晴天なり晴天なり。

例によって、広々したとこ行きたいってんで松江城へ。

ちょっと寝て、昼から『人間ジュークボックス』大作戦。

「お金入れると動きます」の看板出してピタッと止まってみる。

最初はさっぱりだったけど、場所かえたら少しずつお金入れる人が出てきた。

「ちょっと動いてはるわ」とか「あ、場所移動したよ」なんてささやかれながら炎天下の2時間半、汗だくで、フリーズ&歌う。あがりは1400円也。

現実は厳しく、そしておもしろい。

大阪から観光バスできた団体さんはノリがよかった。何回もお金を入れ、唱歌でダンスしていた。

最後は幼稚園児の集団に囲まれた。「これ人形かなぁ?」と顔をさわってくる。何かヌルヌルしたものを塗っとけばよかった。

夜はカノーバで、松江に移住している旧友、スエキチと再会。

相変わらずチャーミングなヤツであった。

スエキチの家へ泊めてもらい、奥方の料理で打ち上げ。裏に群生しているというタケノコの煮物が旨かった。ゼータクだなあ。

疲れてたので、丸太のように眠ったのです。







お知らせ 20110507 

 

《お知らせ》

東日本大震災復興祈念商品
『ちび豆太郎、寝像&座像』募金の報告

使いこみたい衝動を、これまた強じんな精神力でぐっとおさえ、ひとまず入金してきました。
募金先は日本ユニバ震災対策チーム

今日までの総額¥33000也。
ひとつ¥2000ですが、それ以上で買ってくれた人もいたのでこの金額となりました。

有名人の寄付金額を見ると、気が遠くなっちゃうけど、庶民ひとりの生活費から出た貴重なお金。比べちゃダメよ。

買ってくれたみなさんどうもありがとうございました。今後も地味に作りつづけます。







オグラツアー2011春、その7 
オグラツアー2011春、その7 
オグラツアー2011春、その7 
オグラツアー2011春、その7 
オグラツアー2011春、その7
 

2011.5.3
『オグラツアー2011春、その7』

強じんな精神力で煙幕の使用禁止を誓ったのだが、今回のライブは絵本屋さん。京都メリーゴーランド。

ガラスの向こうで子どもらがチョロチョロしている。

今日は煙幕使ってもいいか?…というより、やるべきら。やった所で音楽の内容が変わるわけじゃないし、なにより、10個も買ってるし。

という訳で、いつものようにテーマ曲の…いや、いつものようにというのは妙な言い方だけど…テーマ曲のクライマックスで投げようとした。ところが、ポケットをさぐってもどこにもない。あ、仕込むのを忘れてた…。

やはり自分はダメなんだろうか?

こんな状況をしめす四字熟語がありそうだけど思いつかない。かわりに自分の歌詞を思い出してしまった。

♪おそらく、誰もが最期まで、自分を使いこなせないだろう♪(「永遠の酒」)

あ〜あ…。

しかし、ライブはなかなかに盛り上がった。と、いうのも前列にいた白髪の年配紳士がノリノリだったから。曲やMCにいいあいの手を入れてくるし、ふざけてジャンプすれば、むこうもジャンプしてくる。身体、大丈夫かな?と思いながらも、またジャンプすると、むこうもジャンプがえししてくる。実にスリリングな夜でした。

結局今回、ちび豆太郎は2個しか売れなかった。CDもそうだけど、少なめに持ってくと、売り切れて足りなくなるのに、沢山持っていくとそんなに売れない。どうすりゃいいだね…?

閑話休題。自分はトイレへ行くたびに顔を洗うクセがある。すぐ顔がヌルつくからだ。で、石けんつけて洗い、手を蛇口に近づけるのだが、水のセンサーと、タイミングがことごとく合わない。

近づけても出ないので、引っ込めるとジャーっと出る。あわてて手を出すと寸前で水は止まってしまう。また手をスタンバイするのだが、今度はいつまでも出てこない。壊れてんのかな?と手をはなしたとたんジャーっと出て、秒殺で止まる。

…裏に誰かいる。

ツアー中、どこのトイレへ入っても同じことがおきる。ということは…

つけられている…。新手の追っかけ「オグラに顔を洗わせるな会」の一味か?

おっかないから東京へ帰ろう…。

と、その前に京橋で酔っぱらうぜ。来週末からは松江、鳥取、岡山。

難波Mele、向濱さん、スタッフのみなさん、ミステルズ、patagonian orchestra、Tropican'S、spyboys、ワッキートラボルタ、コモンカフェ、きっしゃん、なかわざさん、スタッフのみなさん、須山公美子さん、豊中のおじちゃん、おばちゃん、京都メリーゴーランド、junちゃん、扉野さん、父母さん、スタッフさん、そして、来てくれたすべてのお客さん。

以上の方々ひとりひとりに深い感謝と、分厚い握手を送ります。







オグラツアー2011春、その6 
オグラツアー2011春、その6 
オグラツアー2011春、その6 

 

2011.4.30
『オグラツアー2011春、その6』

…また、やってしまった。

あれほど戒めしめたのに、また煙幕を投げてしまった。しかも、昨夜はうまく広がらず、やり直したりして、失笑さえない始末。

もう、やめよう。絶対に…このカツラに誓って!

20数年ぶりに須山公美子さんと御会いした。最近は馬の歌ばかり歌っているそうで、本番直前までずっと競馬の話をしていた。

須山さんのライブ良かった。目と耳から入って、胸へ静かに落ちてくる感じ。新しい馬の歌、いい曲だった。

また是非ご一緒したい。

夜はツアーでこっちに来ていた川上次郎くんと落ち合い、呑んだくれた。

僕たちは懐かしの「ホテル関西」へ泊まった。

「ホテ関」といえば、バンドの頃、必ず泊まっていた安くてありがたい宿。

初めて見た時は看板のでかさに驚いた。ホテルに看板がついてるんじゃない、看板にホテルがついてるんだ。

しかし、今見るとそれほどでもない。

なぜだろう?

自分も成長し、ひとまわり大きくなったからだか?ズボンきつい。

ちび豆太郎一個売れました。







オグラツアー2011春、その5 
オグラツアー2011春、その5 
オグラツアー2011春、その5 
オグラツアー2011春、その5
 

2011.4.29
『オグラツアー2011春、その5』

前日、深夜バスで東京を出て、朝早く、大阪駅へついた。

今回のバスは座席も狭く、あんまり眠れなかった。

とにかく広いとこ行きたいってんで、大阪城まで歩く。

早朝のせいか、開いてる店はほとんどない。

あれ、今日大阪休みかな?

大阪城へ着いたとたん、ベンチでバタン休。

ああ、広い…。

広い場所にはなにかある。人の気分を解きほぐしてくれる魔法。このまま半年ここで暮らそう。

昼すぎまで熟睡しはったわ。天気はいいし、眠いわで、なんだか他人事。

リハまで、時間あったので、難波まで歩く。

途中、まっちゃ町のオモチャ屋で「蜘蛛の巣」ってゆーのか、「煙幕」ってゆーのか、あの投げると白い糸がたくさん出るのを買ってしまった。別にライブで使おうって訳じゃないんだけど…。

一応、おじさんに投げ方のコツを教わる。もちろん、使うためじゃないのだが。

心斎橋筋を行くとすごい人。大阪は今日も活気にあふれていた。

難波Mele、いいブッキングだった。会場の雰囲気もホットで良かった。。どのバンドでも人々は幸せそうに揺れていた。

自分だけがソロで、浮いてるようだったけど、演ってるほうはそのほうが面白い。

なにこの人?って感じで戸惑ってたり笑ってたり真剣に聞いてたり。

結局、偶然ポケットに入っていたので、煙幕投げてみたけど、タイミングはずして失笑失笑。決まったぜ、けっこう盛り上がりました。

しかし、こんな飛び道具に頼ちゃイカン。紙吹雪ぐらいでやめとかないと。古風でユニークなおじさんになってはダメだ。今後は絶対使わないようにと自分をいましめた。

対バンが沢山でたから演奏時間短かったけど、もっとやりたかった。

やっぱりバンドっていいなぁ。そして、ちょっとズルい。それだけで、説得力を持っちゃうから。でも、続けていくのは大変だ。

久しぶりの爆音、バンドで歌っている夢を見た。








《お知らせ》

「左目にコインをのせて」配信スタートしました。
http://www.majix.jp/artist_content/373

(曲解説)

19才で作ったオグラの処女作。アレンジもそのままに85年当時の
「青ジャージ」メンバー3人でレコーディングしました。

《歌詞の一部抜粋》

海賊にあこがれていたから 僕はひとりでも淋しくなかった

ポケットに両手をつっこんで 片足を引きずって角の酒屋まで

頭がおかしくなるほど酒を呑み 最期の言葉は忘れないけど

さあ、大海原へ漕ぎ出そう 薄情な夜が明けないうちに…







オグラツアー2011春、その3 
オグラツアー2011春、その3 
オグラツアー2011春、その3
 

2011.4.25
『オグラツアー2011春、その4』

お客さん少なかった。

祭なんかも中止になったみたいで震災の影響は大きいそうな。

期待していただけにちょっとショックだったけど、こういう場合はそれなりのやりかたがあるってもんだ。

気づかれない程度に目を寄り目にして歌うのだ。

さすれば不思議、6人が12人、12人が24人、48、96、192と、もう大丈夫。

あはは、カンラカラカラ…カラカラカラ。

もっと身を入れて宣伝しなきゃ。地元のフェスなんかにも積極的にコンタクトとろう。これはAKIさんの提案。

よーし、一時撤退、一時撤退だ。

そしてまた、週末から大阪、京都。

旅はつづく。

土肥CRAZY SPOT 31、鍵山さん、城さん、スタッフの皆さん、中村敦さん、櫻井さん、長谷さん、KATSUMIAさん、御殿場リンコロ、小澤さん、ママさん、AkashiRecrds、伊東 天使の遊viva、毛利さん、アキラさん、とみさん、そして、来てくれた全てのお客さん、

そしてそして、今回ブッキング、移動の運転、写真撮影、音響チェック、等々、大変お世話になったAKIさん、実はこういう人が陰ながらツアーミュージシャンを支えてくれている

以上の方ひとりひとりに深い感謝とぶあつい握手を送ります。







オグラツアー2011春、その3 
オグラツアー2011春、その3 
オグラツアー2011春、その3
 

2011.4.24
『オグラツアー2011春、その3』

昨日の御殿場はすごい雨だった。

本番前、楽屋にいたら天井からポタポタ水が…。

「雨漏りしてますよ!」というと、店長さんたちが「あ、ほんとだ」とボウルを持ってきた。

コンコンという音を聞きながら、「昭和だねぇ」とか「ドリフの風情だねぇ」と笑っている。

の、のんきナリ。

リハの時、対バン、AkashiRecrdsの人がちび豆太郎を買ってくれた。HPを見たそうな。有難や。

ライブ終了後、ちび豆太郎完売。もっと持ってくればよかった。

また作るべ。

今日はドの字つきの晴天。ふんじゃあ、行ってみよ〜。


今夜は伊東 「天使の遊viva」







オグラツアー2011春、その2 

オグラツアー2011春、その2
 

2011.4.23
『オグラツアー2011春、その2』

昨日のライブ…

後半なにやったのか記憶にない。

店に東北の酒というカメがあったので、ふざけて一杯一気飲みしたら、お客が喜んだ。

「もう一杯、もう一杯」のかけ声につられずいぶん呑んでしまった。

制服の女高生が何度も、ステージに持ってきてくれた。

完全なるおだっくい。調子にのってしまった。

日本酒はいけません、日本酒は…。

人々は笑っていたけど、音楽は届いただか?

CDがへってるってことは、まあ、よかったのかな。

カバンの中にはアンケートと共に色んな人の名刺がある。お寺の住職さんとも知り合いになったようだ。

僕の音楽は禅に影響を受けている。「ゆっくりサンシャイン」の歌詞にもそっと忍ばしてあるんだ。

あ、思い出した。住職さんはPAをやってくれた人だった。

職業も人々の暮らしも多様化してるだなあ。音楽のありかたもどんどん変わっていくだろう。

さあ、行こう。

今夜は御殿場リンコロ。







オグラツアー2011春、その1 
オグラツアー2011春、その1 
オグラツアー2011春、その1
 

2011.4.22
『オグラツアー2011春、その1』

久しぶりのツアー、嬉。

今週は初めて行く伊豆ツアー。東海道線で移動中。

駅へ向かう途中、選挙カーとすれ違った。

車の先頭に立候補者の女性が自転車をこいで行く。

その荷台からは、のぼりが伸びていて、赤字で大きく『本人』…。

だけ?

しかし、なるほど、名前は車の上に書いてあるから、誰が本人かわかるように…『本人』。

イ、イカすぜ。

今日は初めて行くお店、僕の顔がわかるだろうか?

ごくまれに写真を見て「女性かと思いました」という人がいる。

「いや〜、整形しましたからねぇ」とごまかすが、こんなに小汚いおばさんがいたら大変だ。

真似しようかな『本人』…。

大きなのぼりを頭にさして、廻すのだ。

これを歌っているのは、僕です。誰にやらされてる訳じゃない。まぎれもなく僕本人の意思なのです。

そーなると『本人』より『当人』のほうがカッコいいかな。

よーし、いってみよ〜。

今夜は伊豆土肥CRAZY SPOT 31。








《お知らせ》

「ゆっくりサンシャイン」配信スタートしました。
http://www.majix.jp/artist_detail/8

(曲解説)
G Am D7の3コードで作られたシンプルな曲です。
月曜日から日曜日まで、目立たない人々のいとなみが歌われています。
使われた楽器は、ウクレレ、ベース、リコーダーの他、木のベッド、 台所のボウルを叩いた音も入っています。








《お知らせ》

4.9(土)
あざみ野 KARUTAのライブ延期です。

※地震の影響もあり、今回は延期することにいたしました。予約して下さった皆さま申し訳ありません。中止ではなく延期ですので、また日にち決まりましたらお知らせいたします。すいません。







あいおい古本まつり  

2011.3.28
第11回 『あいおい古本まつりライブ終了』

高齢者介護福祉施設でのライブ。今回はほぼカバー曲を歌った。戦前戦後の歌謡曲や唱歌。「一杯のコーヒーから」「おぼろ月夜」「夏は来ぬ」「旅愁」などなど。

元々古い曲は好きで、いつも1、2曲はメニューに入れていたが、こんなにいっぺんにやるのは初めてのこと。

高齢者のみなさんも喜んでくれた。『唱歌でめぐる春夏秋冬の旅』コーナーでは前列にいたおばあちゃんが4曲とも全部歌っていた。ノリのいいおばあちゃんだったので、一緒にバンドを組む事にしたが、連絡先をきき忘れてしまった。

唱歌には奥ゆかしい美しさがあり、優れたメロディが多い。おまけに世代を問わず知っている人が多い。その大ヒット度にあらためて驚いた。

今回は震災の影響や開演時間の変更があり、お客の入りが心配だった。

僕は「高齢者」という言葉を使い慣れておらず、つい「老人」と言ってしまう。本番前、ひとりつぶやいた。

「老人、来てくれるかなあ?」……ん、なんか変だな…じいちゃんばあちゃんでいいか…。

ちび豆太郎も地道に売れました、さんきゅう。

末筆失礼







《お知らせ、時間変更》

3/27(日)イベントの出演時間が早くなりました。
ご注意下さい。オグラライブは15:30頃からです。

3/27(日)
月島 佃高齢者介護福祉サービス
相生の里 
03-5548-2490
『東北地方太平洋沖地震チャリティーイベントあいおい古本まつり』

《オグラライブ》
相生の里8F デイサービスセンター
開演/15:30頃〜17:00頃まで(※時間変更になりました)
投げ銭制(予約不可)

★高齢者介護施設で行われる古本イベントに呼ばれました。
一般のお客さんも入場できます。
今回はオリジナルのほか、戦前戦後の名曲、唱歌なども演奏。
手廻しオルガンで過去へタイムスリップ!
普段とはちょっと違うライブとなりそうです。
乞うご期待。
企画運営「あいおいブックラボ」
http://aioibooklabo.blog.shinobi.jp/







ちび豆太郎  

2011.3.22
第10回 『地震の話』

3月11日、家にいると地震があった。揺れが激しいのであわてて妻と外へ出た。電線はべらぼうに揺れ、地面が波打っていた。足の裏で初めて感じた『地球ってグニャグニャじゃん』。道の向こうで古いブロック塀がくずれた。

近所の人はみんな外へ出てきた。隣のおばあさんは玄関のドアを開け、揺れながらこっちへ話かけている。

「なんかすごいわねえ、でも、このぐらいですんでよかったわ、あら、まだ揺れてる?」

何やってんの!はやく外出て!

ようやく揺れがおさまったところで妻が「あ、みる(猫)忘れた!」というと、向かいの奥さんも「あ、アタシも猫忘れた!」と家へ引き返した。僕もあわてて部屋へ戻りこたつをのぞくと、みるはグーグー寝ていた。もう、何やってんの!。みるは今年19才、隣のおばあさんも80近い。長く生きてるとこんなもんなのか?

とにかく、ハチマクラ(妻の雑貨屋)の様子を見に行こうということになり、猫と手廻しオルガンと身の回りのものを持って歩いて行った。

途中で友人夫妻に会った。お互い顔は緊迫していた。どうだった?と聞くと旦那のほうがが「おれ、半裸でウンコしてた」といい、みんなで爆笑して、緊張がちょっとほぐれた。

店はけっこうヒドい状況だった。上のほうに置いてあった古いミシンが棚ごと倒れ、紙モノは散乱し、窓辺のビン、食器類も割れていた。片付けんのめんどくせーなあ、なんてのんきなこといいながら情報を確かめるてみると、今回の大惨事。東京も電車が止まり、帰れなくなったお客さんが店へ避難してきた。

さて、どーしたらいいのか?自分は何をしよう?

人のことはわからない。自分のことだけ考えよう。とにかくじゃまにならないように、お金を募金するしかない。あれだけの大惨事、小額ではダメだ。痛みは少しでもわけあったほうがいい。自分がしっかりと痛むぐらいの金額…う〜ん難しい、金ねーよ。

結局、四年間ためておいた印税を全部義援金にあてた。郵便局の窓口で金を渡す時は、さすがに手が震えた。しかし、被災者の痛みにくらべたら、微微微微微微微、微々たる金額。

その後、川上次郎君がチャリティーライブをやるというので、参加させてもらう事にした。電気使わずに演奏。出演者はノーギャラで投げ銭により募ったお金は全て寄付。という内容。人のことはわからない。自分の中だけで考えよう。まだ音楽は必要ないだろうけど、少しでも多くのお金が集まったらいい。しかし音楽は金にならない、特に自分の場合。

ライブの前日。ウチでは妻の提案で夕方からブレーカーを落とした。自発停電だ。僕はロウソクの灯の中、よからぬ事をたくらんでいた。「何やってんの?」「チビ豆太郎作ってお客に売りつけるだよ」「なんで?」「客少ないかもしれないから投げ銭だけだと不安じゃん」「なんか、はしゃいでるねえ」「バカ、はしゃいでねーよ」

結局、お客は集まり、チビ豆太郎もそこそこ売れ、次郎君のチャリティーライブの総額は151,870円となりました。参加できてよかった。

その後も出演できなくなった人の代理でライブをたのまれている。そのたびにチビ豆太郎は少しずつ売れている。コツコツいこう。ひきつづきライブで売ります。売上げは全額募金。よろしければぼったくられて下さい。

最後に詩をひとつ。


子供がいる人は子供を抱きしめた

子供がいない人は親を抱きしめた

親がいない人は妻を抱きしめた

妻がいない人は恋人を抱きしめた

恋人がいない人は愛人を抱きしめた

愛人がいない人は同僚を抱きしめた

同僚がいない人は友達を抱きしめた

友達がいない人は友達がいなそうな人を抱きしめた

子供も親も妻も恋人も愛人も同僚も友達もいない人は

赤の他人を抱きしめようとした

ずっと使い道のなかった人々の善意が

揺すられていっせいに花開いた

そして

行動する人と行動しない人

そのどちらも否定してはいけない

僕にできること

自我を抑制すること

これがいちばんむずかしい…

末筆失礼







《またまたまた代理出演します》

3/21(月祝)
新宿ゴールデンエッグ
03-3203-0405

【Hip de Dip企画】
OPEN 19:00
START 19:30
Charge ¥1,000+1drink ¥500

オグラ(3番目、夜8時半予定)









募金箱


 

《お知らせ、またまた急遽出演》

本日3/18(金)下北沢CLUB Que

急遽出演することになりました。

出演
宍戸留美
サード・クラス
オグラ(19:00予定)

昨夜、豆太郎スペシャルグッズを買ってくれた皆さんありがとうござい
ます。
今日もまたライブに持っていきます。







豆太郎達1 
豆太郎達2


 

2011.3.17
☆お知らせ☆ 

わお、すごい数の豆太郎です。

『ぼくたちを売って募金のたしにしろ、はやくニスを塗れ』と大変な騒ぎです。

今日、募金ライブ出ます。
豆太郎売上げは全額募金します。
なるべく高く売りつけるのでぼったくられて下さい。


<第一回 川上次郎呼びかけによる
          東北地方太平洋沖地震への募金イベント>
日程:3月17日
場所: 新宿ネイキッドロフト
時間:開場18:00 開演18:30
料金:1ドリンク(¥500)のみ、あとは観に来た方の気持ちで投げ銭
飲食:飲み物はお店でのオーダー。
   当日は募金フードも提供します。

出演者:
川上次郎/川上真樹/つんた/櫻心寺李維(音影)/nagare/Thumb/野戸久嗣/木村K児(muzzymyna)/M.ai/むらかみけいじゅ/タクオ(naked loft)/オグラ(夜9時25分頃予定)/前田由紀(ex ホワイトベリー)/魅惑のクニオ(DJ)/和田四季菜/hotal light hill's band/篠原まさこ(MC)/Ryo(spud)/Ucchy(spud)/他チャリティーフード (出演順ではありませんノリです)

全員出演料はありません、投げ銭により募ったお金は全て寄付するものとします。
演奏内容:基本電気を使わないで演奏できる内容のみとする。

来られる方は暖かい服装で!またお家にあるキャンドル持参大歓迎!アンプラグドイベント!全員生歌!!

代表文
「テレビなどの報道を観ていてボクの出来る事は何だろうと沢山悩みました。結果こんな事くらいしかできません。。。でも微力でも力になれたらと思います。
当日はみんなで沈んだ空気を分け合っても仕方ないんで明るい雰囲気でやりましょう!でもって計画停電などで心細い方は是非一緒に夜を過ごしましょう!不謹慎と思う方は是非ご来場なさらないでください。誰にも、<でんこ>にも迷惑かけないでやりますんで!」







☆お知らせ☆ 

3/17明日、川上次郎君の募金イベントに出演します。できるだけお金を集める事が重要だと考えました。入場無料。投げ銭が全額寄付されます。電気使わず廻します。 http://blog.livedoor.jp/jiro_kawakami/

3/17(木)ネイキッドロフト
川上次郎 presents
第一回 川上次郎呼びかけによる東北地方太平洋沖地震への募金イベント

「テレビなどの報道を観ていてボクの出来る事は何だろうと沢山悩みました。結果こんな事くらいしかできません。。。でも微力でも力になれたらと思 います。 当日はみんなで沈んだ空気を分け合っても仕方ないんで明るい雰囲気でやりましょう!でもって計画停電などで心細いかたは是非一緒に夜を過 ごしましょう! 不謹慎と思う方は是非ご来場なさらないでください。誰にも、<でんこ>にも迷惑かけないでやりますんで!」

【出演】
川上次郎呼びかけによるアコースティックで出来るミュージシャン
※全員出演料はありません、投げ銭により募ったお金は全て寄付するものとする。

OPEN18:00 / START18:30
入場無料(1ドリンク¥500のみ)※当日募金フードも提供します。
あとは観に来た方の気持ちで投げ銭






第九回 『いい人と悪い人の話』  

2011.3.6
第9回 『いい人と悪い人の話』

ごく稀に『いい人だね』と言われることがある。そう言われると、とても困ってしまう。理由は簡単。違うからだ。

『いい人』って、なんかバカっぽい。そして、自分のことをいい人間だと思ってる奴は底が浅い。たぶん。

と、僕はこのように口も悪い。

『いい人』と思われている人は、どこかずるいんじゃないかとも思う。手ぬかりがないというか、虚栄心がバレていないというか。『いい人』をうたぐるぜ俺は、フフフ。

と、ここまで書けば、僕がいい人間じゃないことをわかっていただけると思う。しかし、そう言えば言うほど、逆効果を狙っているのでは?という疑いが浮上する。ハードルを下げることで『本当はそうでもないんでしょ』と言われたいじゃないだか?

若い頃は考えがぼてぼてしていて、こいつはいい奴か悪い奴か、なんて事しか思わなかった。しかし、長くつき合ってみると、本当に悪い奴というのはいなかったように思う。

どんな人の中にも、いい所と悪い所がごちゃ混ぜに内在しているだけだ。「敵か味方か」とか「親友」とか、くだらない。『男の子感』をバカにするぜ俺は、フフフ。

自分の中にも、いい所と悪い所があるのかもしれないが、それは他人にとっての、いい所と悪い所であり、自分のものではないような気がする。自分ではイヤな面ばかりが目立っている。

いったい、どんな人がいい人間なのか?

自分のことしか考えない奴はダメだと言われる。だけど、人間はまず、自分を最優先させる生き物なんじゃないかと思う。で、その次に他人の事を考える。自分を最優先させたから、余裕ができたんだ。

自分のことしか考えないのはよくないけど、自分のことをまず考えてしまうのが僕たちの正体だ。「親友」とか「愛」とかキレイごとはやめて、まずこれを認める。

で、それを大前提とした上で、なるべく『自分なんかどーでもいいや』と考えるようにつとめる。こんな感じでどーだろう?

誰にどう思われてたっていいじゃないか、はじめっから大層な自分じゃないんだから。

…なんて事を思いながら『あなたの暗闇』という曲を作った。

末筆失礼

『あなたの暗闇』 http://www.majix.jp/artist_content/90
  『あなたの暗闇』(映像)







第八回 『オーケストラと共演の話』  

2011.2.19
第8回 『オーケストラと共演の話』

地域のオーケストラと一緒にライブをすることになった夢をみた。

本番当日、曲を決めてない事を思い出し非常にあせる。おまけに遅刻してしまい、慌てて会場へ着くと、もうすでにお客はパラパラ入場している。なんだかでかいホールのようだ。

あせって階段をかけ降り地下にあるリハーサルスタジオへ飛び込む。オーケストラをしきっている50代くらいの男がニコニコして近づいてくる。まずは握手をして詫びる。

「すいません、遅れましたっ」

「いえいえ大丈夫ですよ。全部私にまかせといて下さい。それより曲のことなんですが」

「はい」

男は「詩人誕生」をやりたいといい、間奏の部分で僕にしりとりをしてほしいという。詩人誕生のリズムはハーフタイムシャッフル。僕の曲の中ではわりとロックっぽいやつだ。『せっかくオーケストラなのになぜこの曲を……で、しりとりって何よ?』

普段は間奏で自作の「詩」を朗読したり、くだらないMCをしたりしているのだが、しりとり?

男は紙を手に説明を始める。「2コーラス目が終わって、詩人誕生〜と叫んだあと、たんじょうの「う」で「うし」ですね。で「うし」→「しか」→「かめ」→「めだか」と、ここまではテンポよく言っちゃって下さい。でですね、「めだか」の後は少し困ったような顔をして「か、か、…カ〜ッ、こりゃマイッタマイッタ」で、オーケストラの音もよれてメタメタになります。そしたらオグラさん、ここはもう、おもいっきり笑っちゃって結構です。」

結構ですと言われても……な、なんだこのひたぁ。そんなの絶対イヤだ。なにを勝手に演出してるだか?しかし、一体どこから説明すればいいんだろう……と楽団の人たちを見るとみんな真剣な表情。

「と、とりあえずその構成はまた後で確認するとして、あとはなんの曲を?」

「今回は詩人誕生、一曲でいこうかと存じまして」

ぞ、存じるねぇ、このひたぁ…。

開演時間はせまっている。とりあえずひとりで40分ぐらいやって、いったん休憩入れよう。で、2部の最後にオーケストラと一緒に。そーなるとあともう一曲はほしい…『かたちたち』だな。僕の曲の中でいちばんクラシカルなナンバーだ。楽団の人たちへ説明する。

「みなさんもう一曲お願いします。『かたちたち』という曲です。イントロはチャーンチャチャララララー、Cからルートがどんどんさがります。歌中F#になるとこがあるので注意して下さい。ではちょっとやってみましょう1、2、3、はい…」

はじめてとは思えないほど完璧な演奏であった。楽譜もないのになんで?この人たちスゲーなあ。と感心しながらマイクで歌いはじめる。

曲がどんどん進んでいく中、あまりの音色の美しさに、僕は浜辺を走っていた。女優と手をつないで…。彼女は言う「こういう曲調だけど、キチンとした女のイメージだとつまんないでしょ?パンツ見えるくらい転げまわろうよ」

ああ、この女はわかっている。水面と彼女の髪が重なり、キラキラした無数の音符に見える。僕たちはカメラがまわる中、広い浜辺をどこまでも転がって行く。

「カーット、はいオッケーです」監督の声を無視して僕らはそのまま走って行く。彼女と目が合い、僕は少しおどけてこう言うのだ「このまま、どっか行っちゃおうか?…」

すると彼女は「おうらぁ〜ぎゃるるるる〜、おうらぁ〜ぎゃるるるる〜」

ビックリして目がさめた。枕元で老猫「みる」が化け物のように鳴きちらしていた。…もっと、がんばろう。

末筆失礼

 







第7回 『伝家言語の話』  

2011.2.4
第7回 『伝家言語の話』

東京へ来てまもないころ、友人と女性3人組に声をかけたことがある。「おねえさんち、ヒマら?のみいかねぇ?」すると「あんたっち、静岡っしょ!」と刺すようなスピードで言い返された。

ひえ〜!な、なんでわかるだか?東京は恐ろしいとこだよ、荷物をまとめて帰郷、帰郷…とブルってしまった。自分たちが方言をしゃべってるなんて知らなかったのだ。おそらく彼女たちも静岡出身だと思われる。

静岡はわりと標準語に近いので、はじめは何が方言なのかわからなかった。人から「なにそれ?」と指摘されるたびに、へえ、これもそうなのかと感心したものだ。

「もうちょっとテレビいかくして」

「え?なに」

「テレビの音いかく」

「威嚇(いかく)…?」

テレビの音を「大きくして」という意味なのだが、通じない。「今、いかい金しかねーさ」とも使われる。酒場でワリカンの際、発せられる言い方。大きい金(一万札)しか持ってないよという意味なのだが、東京では当然通じない。

そのほか、方言なのか、自分の家だけに伝わる言葉なのか、判別しがたいものもある。家庭内だけで使われていた言葉を、仮に『伝家言語(でんかげんご)』と名付けよう。

《伝家言語1》
親父もおばあちゃんも「パンツ」のことを『パンズ』と言っていた。幼いころよく言われたものだ「なにふざけてるだね、早くパンズはきな!」

《伝家言語2》
「カーディガン」を『カーデンガ』「なにふざけてるだね、早くカーデンガ着な!」

《伝家言語3》
「らっきょう」を『らっきゅう』

《伝家言語4》
「蟻(あり)」を『ありんど』

《伝家言語5》
「田舎者」を『ザイゴッサー』

《伝家言語6》
そして、これは言い回しなのか、なんなのか。『寝て起きな』という言い方。「寝ておきなさい」という意味ではなく「昼寝をしろ」という事。「あんた疲れたしょ、ちょっと、寝て起きな」「Zzzz…」「おばあちゃん、ぼく寝て起きたよ」

どこの家庭でも『伝家言語』は存在しているはず。なんかのひょうしで作られ、定着していった言葉なんだろう。ちょっと前、それについてある事件がおきた。ファミリーレストラン、ジョナサンズ問題だ。

僕「ほら、あそこのジョナサンズのとこ右入ってさあ…」

妻「なにそれ?」

僕「え?」

妻「なんでSつけるの?ジョナサンでしょ」

僕「ジョナサンズだろ?」

妻「看板見てみ、ジョナサンじゃん」

僕「あ、ほんとだ。だけど、英語だとジョナサンズになってるぜ」

妻「……。」

看板のカタカナは確かにジョナサンと書いてあるが、ずっと『ジョナサンズ』と発音していたような気がする。英語のほうを読んだとはとても思えず、不思議なココロ持ち…と思っていたら「あ〜っ、わかった!」

「パンズをはけ、パンズをはけ」といわれつづけた幼いあのころ。一枚なのに『パンズ』。二枚でも『パンズ』。ジョナサンを複数形にしてしまうのは『パンズ』洗脳の成果にちがいない。ああ、恐ろしや伝家言語…。

ちなみに友人Nちゃんのおばあちゃんは「パンツ」を『BANTSU』と発音していたそうな。

末筆失礼







《お知らせ》

オグラがテレビのCM曲を歌いました。(歌唱のみで作詞、作曲はしていません)
Dr.トステム CM・なやめるペット篇(15秒)&(30秒)

↓こちらで見られます。

http://www.tostem.co.jp/corporate/cmgallery/#tvcm







大晦日、近所の友人宅
(大晦日、近所の友人宅)

かっこよく撮れた『みる』18才
(かっこよく撮れた『みる』18才)


 

2011.1.13
第6回

新年明けすぎましておめでとうございます。

今年初めて、飲んだもの
『ワイン』

今年初めて、食べたもの
『蕎麦』

今年初めて、買ったもの
『接着剤』

今年初めて、読んだ本
『赤毛のアン』

今年初めて、聴いた曲
『言葉の森』友部正人

今年初めて、メモした言葉
『弱点をつかわないで』

今年初めて、コピーした曲
『一杯のコーヒーから』

今年初めて、なくしたもの
『赤毛のアン』

今年初めて、壊したもの
『ダンボール箱』

今年初めて、切ったもの
『大根』

今年初めて、叩いたもの
『ドア』

今年初めて、ふったもの
『体温計』

今年初めて、曲げたもの
『へそ』

今年初めて、割ったもの
『7800円』

今年初めて、かけたもの
『心配』

今年初めて、たしたもの
『用』

今年初めて、ひいたもの
『オモチャの鉄琴』

今年初めて、さわったケモノ
『みる(猫)』

今年初めて、ついたウソ
『ベランダでイギリス人の子供が見てるよ』

今年初めて、言った寝言
『そんなに繊細だと思わなかったわ!』

今年初めて、わいた疑問
『なぜ猫は、野菜を食わなくて平気なんだろう?』

今年あらためて、思ったこと
『しっかりしよう』

今年もヨロシクお願いします。

末筆失礼

2010年
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